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助成金不交付~官僚とメデイアに広がる同調圧力

映画「i-新聞記者ドキュメント-」に寄せて、河村プロデューサーが問う

河村光庸 映画プロデューサー

映画「宮本から君へ」の助成金不交付の意味

 独立行政法人日本芸術文化振興会(以下「芸文振」)が、去る7月10日、映画「宮本から君へ」への助成金を「公益性の観点から適当でない」との理由で内定取り消し不交付にした問題について、同法人を所轄する文化庁が、10月30日に「助成金不交付は適切だった」との「見解」を示しました。

 文化庁の見解はあっさりとしたものですが、それがもたらす「意味」は極めて重いと言えるでしょう。

 今、世界の多くの文化助成を行う国々では、文化助成の対象に公的価値を認め、それに対して公金が使われる為、第三者である専門家(第三者委員会)に助成すべき対象の選別を委ねています。公的権力が文化芸術の評価とは無関係な理由で助成対象の選別に介入する危険を防ぐためです。

 また助成金は、公金であるが故に、その決定から運用は政治家やその指揮監督を受ける官僚から独立した組織で行われています。

 日本もそれに倣い、官僚組織たる文化庁から距離を置き、独立した組織として独立行政法人の芸文振が助成金の取りまとめを行っているのです。

 しかし、今回の文化庁の「見解」は独立行政法人とは名ばかりで、公的権力の文化庁と芸文振は一体であることを自ら表明し、公的権力が文化助成への介入を宣言したようなものなのです。いとも簡単にです。

 「宮本から君へ」の助成金内定取り消し不交付の理由やそれに対する文化庁の見解は、文化芸術の軽視であり、その事が「表現の自由」をめぐり憲法に違反する恐れのあることに対して、あまりにも無自覚で無責任と言わざるを得ません。

 つまり、今後は「行政権力」そのものが、「公益性」という拡大解釈がいくらでも可能な概念を基準に、助成金を取り消せるようになり、結果、「表現の自由」の委縮効果に繋がることは明白です。

 恐らく、官僚の人たちは官邸のトップや官邸官僚も含め、「憲法」は「法律」の親分というふうにしか見ていないのでしょう。国民の為に国民の代理として為政者(政治家)を監視するもので、法律のように政治家の都合で勝手に変えては絶対にいけないという認識など持ちあわせていないのでしょう。

 今回のように官僚が違憲と思われるようなことを平気で行うことは断じて見過ごすことはできないのです。

拡大©2019「宮本から君へ」製作委員会

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筆者

河村光庸

河村光庸(かわむら・みつのぶ) 映画プロデューサー

1949年生まれ。94年に青山出版社、98年にアーティストハウスを設立し数々のヒット書籍を手掛ける一方、映画出資にも参画し始め、映画配給会社アーティストフィルムを設立。08年にスターサンズを設立し、『牛の鈴音』、『息もできない』(08)などを配給。エグゼクティヴ・プロデューサーを務めた『かぞくのくに』(11)では藤本賞特別賞を受賞。ほか企画・製作作品に『あゝ、荒野』(16)、『愛しのアイリーン』(18)など。

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