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フジテレビがついに脱〝バブル脳〟?

ドラマ『シャーロック』の小ヒット感

杉浦由美子 ノンフィクションライター

映像美とキャラクター中心。古くさいエピソードばかりの脚本は意識的か

 月9(フジテレビの夜9時からのドラマ)の『シャーロック』が視聴率好調だ。初回12.8%で、5回目までで平均10.0%。人気シリーズの『ドクターX』『相棒』(テレビ朝日系)、木村拓哉主演の『グランメゾン東京』(TBS系)に次ぐ数字である。

 10月25日のフジテレビの定例会見でも遠藤龍之介社長(63)は『シャーロック』の好調を「喜んでいます」とコメントした。『シャーロック』は大ヒットとはいえない視聴率かもしれないが、このドラマの成功は月9にとって、重要なことのようにみえる。

 なぜなら、映画やドラマのトレンドを分析し、緻密な工夫がされている作品だからだ。フジテレビのドラマの不調は、制作者側が「いまだにバブル感覚」と揶揄されてきたが、『シャーロック』ではようやく「バブル感覚」からの脱却が垣間見られるのだ。

拡大フジテレビの「シャーロック」公式サイトから

接待小説というジャンル

 かつてはフジテレビの看板だった月9ドラマも苦戦を強いられるようになって久しい。単純にクオリティが低かったからだ。

 特に2017年10月から12月放送の『民衆の敵~世の中、おかしくないですか!?~』は記憶に残るドラマだった。失業中のヤンキー風の主婦がネットで市議会議員の給与が高いことを知ると、「お金がいいから」という理由で、なんのためらいもなく、市議会議員選挙に立候補する。そして、すんなりと当選してしまうのだ。

 従来のシナリオならば、まず、立候補するまでの葛藤が描かれる。たとえばこんな感じだ。母親として政治に憤りを感じ、「私がこの町を変える。この国を変える」と立ち上がる。そして、そのヒロインの志に対して、子供や夫が反対したりして、葛藤や障害を描くと盛り上がる。ところがそれらがまったくないのだから面白くない。そのため、視聴者はどんどんと脱落し、最終回は視聴率4.6%という月9史上ワースト記録を記録した。

 しかしだ。考え直すと『民衆の敵』は昨今のトレンドを抑えているのかもしれない。今、ドラマでも小説でも〝中身がない〟ドラマが流行している。

 その始まりは『ハリー・ポッター』シリーズ(J・K・ローリング)といわれている。主人公は最初から選ばれし能力を持っている。なんの努力もせずに強いのだ。それまでの小説では、冒険は苦難を乗り越えて主人公が成長していくためのツールであった。ところが、『ハリー・ポッター』では、冒険は主人公が楽しむために存在する。

 日本国内のライトノベルにもこういう小説が現在溢れていて、それらは「接待小説」(主人公が接待される内容)とも揶揄される。大ヒットしたイギリスのロックバンド、クイーンの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』もこの構造だ。クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーは、実際には血を吐くような努力や苦労を経てスターになったはずなのに、映画ではそれらは省かれる。

 肉体労働をしていたフリーターの青年がロックバンドに加入すると、あっというまにスターになっていくのだ。物語を楽しみたい人間からすると、「なんだよこれ」となるが、音楽や映像を楽しみたい観客に受けて大ヒット作となった。このような〝中身がない〟傑作映画はなんど見ても楽しめるため、リピート率も上がり、大ヒットになっていく。

 思うに、『民衆の敵』は「中身がない」ことを意識的に狙って、あえて障害や葛藤を描かなかったのではないか。そして、失敗したということだろう。中身がない分、映像美や音楽、キャラクターの構築などをハイクオリティにする必要があるが、それができていないから最終回、視聴率4.6%なのだろう。

 ところが、月9は今回の『シャーロック』で、〝中身がない〟ドラマを成功させた。

 コナン・ドイルの名作、シャーロックホームズを原作としながらも、ミステリ要素は薄いし、また、原作をアレンジした内容でもない。副題、「アントールドストーリーズ」とあるように、原作では語られていない話だという。ようは「ホームズとワトソン」というモチーフを使ったオリジナル作品になっている。

 プロデューサーは『モンテ・クリスト伯―華麗なる復讐―』(フジテレビ系・2018年放送)の太田大。『モンテ・クリスト伯』はミステリのシナリオを書かせたら当代一と言われる黒岩勉による見応えある作品だった。毎回ドラマの中盤で、視聴者をアッと思わせる工夫がある。そして、エピソードも素晴らしかった。特に素晴らしかったのは、「母性」の描き方だ。

 主人公は復讐のために、稲森いずみが演じる中年の女とある若い男に肉体関係を持たせる。実はその若い男は、女の生き別れの息子なのだ。実の息子とセックスをしていたと知ったらその女はさぞかし、絶望するに違いないと考えたからだ。ところが、その女は寝ていた相手が実の息子だと分かると、「死んだと思った息子が生きていた」ということを喜び、嬉しさのあまり涙を流す。それをみて主人公はその女性への復讐をやめる。母親の子供への愛情の深さに感銘を受けたからだ。

 フィクションの中では様々な形で母性が描かれてきた。しかし、この作品で描かれたそれは非常に衝撃的でかつオリジナリティ溢れるものだった。『モンテ・クリスト伯』はメディア関係者やドラマファンの間では大好評で、あのドラマが放送していた時は、私はどこにいってもこの作品について話していた。しかし、平均視聴率は散々で6.23%で、業界内では失敗作の烙印を押された。

 この失敗を踏まえてか、今回の『シャーロック』は意識的に脚本は凝ったことをしていない。たとえば、2話では菅野美穂演じる人権派弁護士が実は嫌な奴というオチだ。通常の脚本作りならば、もう1回ひっくり返したくなる。実は悪い奴と見せて、真実、聖女だという方がシナリオの面白味は上がる。今時、真の聖女がいたら不気味さが出る。また、3回目のボクシングをテーマにした回も、殺人の理由は裏方の人間の「スターへの嫉妬」というひねりのないものだった。しかし、それらはすべて計算ずくであり、意識的にストーリーは新鮮さを入れず、シンプルな内容にしている。

 脚本は井上由美子を起用している。日本を代表する名脚本家で、キャラクターを立てるシナリオがうまい。井上由美子が担当した唐沢寿明版『白い巨塔』(フジテレビ系)は医療ドラマとしての作り込みを軽くし、キャラクターの魅力を前面に押し出した漫画チックなドラマだった。井上も太田もキャラクターを引き立てるためには、凝った脚本は邪魔になると分かっている。ゆえに意識的に『シャーロック』は〝中身がない〟ドラマになっている。ディーン・フジオカが演じる主人公は何一つ苦労せずに、バイオリンを弾くだけで事件を解決してしまう。「接待小説」そのものなのだ。

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筆者

杉浦由美子

杉浦由美子(すぎうら・ゆみこ) ノンフィクションライター

1970年生まれ。日本大学農獣医学部(現・生物資源科学部)卒業後、会社員や派遣社員などを経て、メタローグ社主催の「書評道場」に投稿していた文章が編集者の目にとまり、2005年から執筆活動を開始。『AERA』『婦人公論』『VOICE』『文藝春秋』などの総合誌でルポルタージュ記事を書き、『腐女子化する世界』『女子校力』『ママの世界はいつも戦争』など単著は現在12冊。

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