台風で被災した農家をレシピで救おう!製菓や調理のプロがツイッターで集結
2019年11月14日
台風で被災した農家を、作物を買うことで支援したい。
ただ「買って」と頼むのではなく、料理や製菓のプロがレシピを公開して、食材のおいしい食べ方を知ってもらえばいい。
こんな動きがツイッターを中心に広がっている。
注目すべき点は2点ある。
超一流のプロが炊き出しを行うといった支援はこれまでもあったが、人力ではなくレシピという「ソフトウェア」の力で運動が広がったこと。
そして、知らなかった者同士を「#被災地農家応援レシピ」という一つの目的で即座につなげたのは、国際電話やメールではなく、ツイッターだったこと。
運動は日に日に発展し、全国のシェフやパティシエを巻き込んで、食の力で被災農家を支援する「Cook for Japan」というチームが結成されるほどに発展した。
はじまりは、愛知県出身で南仏のリゾート地・ニースでフランス料理店を経営していた(移転準備中)シェフの神谷隆幸さん(40)のつぶやきだった。
神谷さんは10月23日、ツイッターで「被害に遭われた農園のりんごをまだ買えるならそこで買ってタルトタタン作ってくれたらちょっと嬉しいです。たくさん消費できるので」(一部略、以下同様)とつぶやいた。
妻のクレールマリさん(28)は、イチゴのコンフィチュールが世界一になったパティシエールで、オンラインの菓子教室もやっている。神谷さんは、教室の生徒さんが習ったばかりのタルトタタンをツイッターで披露したのを見た時、日本の台風被害の写真が何枚も目に飛び込んできた。
ウェブニュースで農業被害が大きいことを知り、「生徒さんは、被災した農家からリンゴを買ってほしい」と考えた。ツイートに添えた写真のタルトは直径20センチ、8人分だが、リンゴを12~14個も使うから、リンゴの消費に役立つと考えた。
いろいろ考えた末、被災農家からリンゴを買った伝票などの写真をDM(ダイレクト・メッセージ)で送ってきた人に、クレールマリさんのタルトタタンのレシピを返信することにした。これまでに約190人が写真を送ってきた。
神谷さんの願いは農家に届いた。今月6日、生産者が発送する農家のオンライン販売所「食べチョク」を運営する、ビビッドガーデン代表取締役CEOの秋元里奈さんは「今回、神谷シェフのご協力により(長野県のリンゴ)1000kg分がものすごいスピードで売り切れました。本当にありがとうございます」とツイートした。
神谷さんが支援を言い出したのには訳がある。
2016年7月、ニースで経営していたレストランから数百メートルの場所で、90人近くが犠牲になったテロ事件が起きた。その後客は途絶え、2日後にはスタッフと「来年末で閉店しよう」と話し合ったという。
神谷さんは「街から人が消え、移転を決めざるを得なかった。農家さんたちが何かあらがえないものに(生活を)奪われた気持ちは分かり、今回の原動力になっている。日本に住んでいないので、天災が起こるたびに何もできない自分に負い目を感じていた。今回も直接買うのは難しいけれど、人をつなげられるかなと思った」と話している。
神谷さんは10月24日、「他の料理人やパティシエの皆さまも『これ買ったらこれを使ったレシピ1個』とかやってくれたら面白い広がり方するのではないでしょうか」とツイートした。
金沢市の焼き菓子専門店 ”BAKE SHOP bien Bake” のオーナーシェフをしている坂下寛志さん(40)は、すぐに反応した。「神谷さんに共感しレシピ公開しました。少しでも被災地への支援に協力できたらいいなと思います」と「タルト ポム クランブル」のレシピを無料で公開した。
坂下さんは「借金をして店を立ち上げたこともあり、生活の糧を失う怖さは理解しているつもりです。自然災害という人間の力ではどうしようもできないものによって、生活の糧である農園が壊滅的被害を受けたことに心を痛めました。神谷さんの提案であれば、自分でもできる支援だと思い、即賛同させて頂きました」と言う。
兵庫県尼崎市の洋菓子店リビエールのオーナーパティシエ西剛紀さん(36)も「おうちで作ったらおいしいと思うお菓子紹介させてもらいます!」とすぐに投稿。たくさんの写真を使って「リンゴのクラフティ」のレシピを分かりやすく公開した。
西さんは「リンゴ農家さんのことは、神谷さんの発信によって知りました。僕が続くことで発信の力が少しでも大きくなれば、同じように賛同する人が現れて輪が大きくなり、購入に至る人が少しでも増えるのではと思いました」と語る。
著名な菓子研究家いがらしろみさん(神奈川県鎌倉市)も「ロゼワインの香りのりんごのジュレ」のレシピを公開した。いがらしさんはレシピだけでなく、長野県の農家からリンゴをたくさん引き受けて販売し、収益を農家に送った。
レシピ公開関連の投稿には途中から「#被災地農家応援レシピ」というハッシュタグが付いた。リンゴだけでなく、台風で甚大な被害を受けた千葉県の特産品落花生や、カブなどの根菜、ナシを使ったレシピも加わっていった。
神谷さんが地元シェフの集まりで提案すると、ニース市認定のニース料理研究家が「レシピを共有して、日本人が被災地の農家の農産物を食べるようにしましょう」とネギやニンジンを使ったレシピを紹介した。
神谷さん自身も「千葉の被災された農家から野菜を買って」と、「アンディーブとリンゴ、ロックフォールのサラダ 落花生と蜂蜜ドレッシング」「豚バラとリンゴのギネス煮込み、じゃがいもとリンゴの重ね蒸し焼きと落花生クルート」「カマンベールとリンゴのオーブン焼き」「ポトフ」などのレシピを公開した。
ソムリエの蜂須賀紀子さん(東京都)は「神谷ポトフにはぜひココ・ファームの甲州FOSを合わせてみてほしい」とワインを紹介した。知的障害者が作業する栃木県足利市のココ・ファーム・ワイナリーは、ブドウ畑の一部が崩れるなど、大きな被害が出た。
複数の人がレシピを公開したタルトタタンについても「(ココ・ファームの)『こころぜ』のほんのりした甘みと酸味がベストバランスになるものもあると思うの」とつぶやいた。
蜂須賀さんは「本当に素晴らしいワイナリーであるだけでなく、彼らが今まで日本ワインの発展に尽くしてきた功績は計り知れません。ワイン業界でも募金の呼びかけなど始まっています。一日も早い復興を願うばかりです」と言っている。
神谷さんたちの動きを、「始まった経緯」「メニュー」など、ウェブ上に分かりやすくまとめることで支えてきた人がいる。東京・四谷三丁目の「土佐しらす食堂二万匹(移転準備で閉店中)」の料理人兼主夫、石川雄一郎さん(37)だ。千葉県印旛郡出身で、台風被害には心を痛めていた。
10月24日に神谷さんのツイートに気づいた石川さんは「素敵な動きだな」と思い、29日から自発的にまとめ始めた。公開されたレシピは約70種類にのぼる。最初の記事をアップするのに延べ18時間かかり、その後も毎日2~4時間かけて作業した。
石川さんは「こういう形で料理人が社会に役立つことができるのは素晴らしい。料理人が現地に行かなくても支援できることに、これからの料理人の可能性を感じた」と話している。自らも「カブとリンゴのサラダ」などのレシピを公開している。
3年前にイタリア中部地震が起き、パスタ料理のアマトリチャーナの名前の由来となったアマトリーチェも甚大な被害を受けた。この時、アマトリチャーナの注文1皿ごとに、レストランと客が1ユーロずつ寄付する運動が世界に広がった。神谷さんは6日、同じように農家を支援できるメニューを提供するよう、飲食店オーナーらに呼びかけた。石川さんはこの「食べて農家を応援できる店」の地図も作った。
神谷さんは今月に入ってから、「まだまだ建て直すには気が遠くなるほどの労力(が必要)です。僕たちが美味しいものを作るには、この希望の野菜、フルーツを作っている農家さんたちが必要です」と宣言。レシピやみんなが参加できるコンテンツで被災農家を支援するプロの集まり、「Cook For Japan」というチームを結成した。神谷さんのほか、14人のプロ(14日現在)が参加している。
無料で多数のレシピが公開されても、レシピが料理人の命であることは変わらない。神谷さんは「シェフはリスクを負ってくれているので、販売目的の使用は禁止です。あくまでも家庭で楽しんで下さい」と釘を刺している。
今回の動きとは別だが、日本酒の世界でも、人力ではなく、アイデアを生かして被災者を支援している蔵がある。秋田市の新政酒造(佐藤祐輔社長)だ。
2015年のネパール地震を機に、大きな災害が起きる度に「復興支援酒」を販売してきた。今回の台風19号を含めてこれまで計7回、計1万8169本を販売した。
当初3回は蔵のみ1本あたり300円を寄付していたが、途中から蔵と販売店と買った人の3者が300円ずつ(計900円)負担する仕組みにした。台風19号でも予定本数5280本分475万2千円を日本赤十字社に振り込んだ。これまでの寄付金額は延べ1300万円以上にのぼっている。
■「#被災地農家応援レシピ」の動きをまとめた石川雄一郎さんのツイッター
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください