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村上春樹はアゴタ・クリストフの夢を見るか?

映画『ドリーミング村上春樹』がひそかな人気。翻訳という営為とは。

石川智也 朝日新聞記者

『ドリーミング村上春樹』

拡大「ドリーミング村上春樹」より©Final Cut for Real
 『ドリーミング村上春樹』という小品映画が、封切り1カ月を過ぎても全国のミニシアターで順次上映を続け、ひそやかな人気を集めている。

 村上春樹作品は世界50以上の言語で出版されているというが、この映画は村上文学をデンマーク語に訳している翻訳家メッテ・ホルムの日常を映したドキュメンタリー。カメラは、村上作品ゆかりの上野駅やデニーズ、芦屋などを訪ねるメッテを追い、彼女がデビュー作『風の歌を聴け』と2作目『1973年のピンボール』を訳し終え村上との対談のステージに向かう場面で終わる。村上本人は一度も登場しない。

 メッテは『風の歌を聴け』の有名な書き出し「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」にどんな訳語をあてるか極限まで悩み抜くが、このフレーズはエピグラムのように度々登場し、映画全体を貫いている。翻訳家という黒衣の存在にスポットライトを当て、原理的に絶対的な不可能性に対する挑戦とも言える「翻訳」という営みに観る人をいざなう、希少な作品に仕上がっている。

 本作の紹介記事は他サイトにも山ほど出ているので、ちょっと違った視点でアプローチしてみたい。

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筆者

石川智也

石川智也(いしかわ・ともや) 朝日新聞記者

1998年、朝日新聞社入社。岐阜総局などを経て社会部でメディアや教育、原発など担当した後、2018年から特別報道部記者、2019年9月からデジタル研修中。慶応義塾大学SFC研究所上席所員を経て明治大学感染症情報分析センターIDIA客員研究員。著書に「それでも日本人は原発を選んだ」(朝日新聞出版、共著)等

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