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望月衣塑子の質問(完)「強行採決」を巡る攻防

菅官房長官の望月記者への攻撃は国会運営上の言葉の解釈にまで及んだ

臺宏士 フリーランス・ライター

「『強行に採決』は明らかに事実に反する」

 昨年11月、外国人労働者を巡る入管難民法改正案の国会成立について、本紙記者が「短い審議で強行に採決が行われましたが…」と質問したのに対し、長谷川氏から「採決は野党の議員も出席した上で行われたことから、『強行に採決』は明らかに事実に反する」と抗議が来た。

 東京新聞が、2019年2月20日の特集記事「検証と見解/官邸側の本紙記者質問制限と申し入れ」の中で明かした抗議が首相官邸からあったのは、2018年11月29日。記事に記載のあった「長谷川氏」という差出人は、内閣広報官の長谷川栄一氏のことである。

 長谷川氏が「事実に反する」とした望月記者の質問は果たして、どんな内容だったのだろうか。

 当時、臨時国会は、「特定技能」と呼ぶ2つの在留資格を新設し、外国人労働者の受け入れを拡大する出入国管理法改正案(改正入管法案)の審議が大詰めを迎えていた。

 同改正案は、人手不足が深刻な「介護」「建設」などの現場で、従来は認めてこなかった非専門職の就労に初めて門戸を開くという労働政策の大きな転換点となる内容。産業界からの強い要望に応える狙いがあった。

 ところが、どんな業種に、どれくらいの外国人を受け入れることになるのか、受け入れ機関の条件――といった新たな制度の根幹にかかわる部分についての詳細は、明らかにされず、政府は「法成立後に省令で決める」「検討中」などと繰り返し、審議はいっこうに深まらなかった。

 しかし、2019年春の統一地方選、同年夏の参院選という選挙日程を考えると、成果をひっさげて選挙に臨みたい安倍政権にとって、臨時国会での成立は、絶対であったらしい。

 11月27日夜。改正入管法案は、自民、公明に加え、日本維新の会などの賛成多数で衆院を通過した。生煮えの法案内容に加えて、野党から批判に上がった論点の一つが、審議時間の少なさだった。

 衆院法務委員会での審議時間は、17時間15分。これには、野党が欠席のまま時間だけはカウントされる「空回し」の2時間45分も含まれる。

▽働き方改革関連法(34時間38分)
▽統合型リゾート実施法(19時間43分)

 これら2018年に成立した直近の重要法案に比べても、改正入管法案の衆院の委員会審議時間の少なさは際立っていた。過去の▽安全保障関連法(116時間30分/2015年)▽環太平洋経済連携協定(TPP)関連法(70時間46分/2016年)――といった重要法案と比べてもいかに短いかが分かる。

 余りに短い審議時間に対しては、政府寄りの政治報道が目立つ読売でも「入管法審議 異例の短さ」と報じ、産経は主張(社説)「論点置き去りは許されぬ」で、「与党や維新は、なぜ採決を急いだのか。極めて残念である」と批判したほどだ(両紙とも11月28日朝刊)。

 こうした流れの中で、長谷川氏が問題視した望月記者の質問は、11月28日の午後の記者会見であった。望月記者がぶつけた質問は次の通りである。

望月衣塑子記者 入管法改正についてお聞きします。実質13時間という短い審議で強行に採決が行われましたが、午前の会見で長官、しっかり質問できたという趣旨の発言をされました。しかし、技能実習制度の改善策や労働環境、最低賃金確保への具体的対応は話し合われていませんが、いったい何をしっかり議論できたというお考えなんでしょうか。
菅義偉官房長官 あのー、強行採決なんかやってません。そういう全く事実と違うことの質問は、それはすべきじゃないですよ
司会=上村秀紀官邸報道室長 このあと日程ありますので、次、最後でお願いします)
望月記者 何をではしっかり議論したのかというお考えなのかという点をお答えいただきたいんですが。まあ、首相は受け入れの数や支援体制について(司会・質問は簡潔にお願いします)26日の集中審議でも「今後示す」「検討する」を繰り返し、具体的な議論をされていません。財界の要望ありきで採決が行われ、労働者の視点での議論が行われず、国会が軽視されているという批判が出ています。今回のような審議の対応で問題ないというお考えでしょうか。
菅長官 大変申し訳ないですけど、だれがそう言っているんですか。
幹事社 いいですか? 司会・はい、有り難うございました)

 菅長官は、望月記者の二つの質問のいずれにも答えていない。

「あのー、強行採決なんかやってません」。菅義偉官房長官は改正入管法案についての望月衣塑子記者の質問に答えなかった=首相官邸のホームページから
 

「強行採決」という言葉が気に障った官房長官

 望月記者が触れた11月28日午前での菅長官の発言というのは、朝日記者の「今回の質疑時間で政府としてしっかり十分な説明を果たしたというお考えか」との質問に答えたものだ。

 菅長官は「昨日(27日)の質疑終結、採決。まあ、そういうなかでこの問題点についてはさまざまな点、予算委の集中審議もあってしっかり質問はできたと思います」と述べていた。質問の趣旨は似ているが、大きな違いは「採決の強行」という言葉が質問内容に含まれているか否かだ。

 望月記者が質問した、11月28日の新聞各紙の朝刊の見出しと本文の表現を見てみたい。

 改正案は衆院法務委員会で21日に審議入りし、27日夕に可決され、同日夜、衆院本会議を通過した。安倍首相はアルゼンチン・ブエノスアイレスで開かれる主要20カ国・地域(G20)への参加や、ウルグアイ、パラグアイを訪問するため、11月29日午前に羽田空港から出国の予定があり、28日の参院本会議で安倍首相が出席して改正案を審議入りさせる必要があった。安倍首相の外遊日程から逆算した結果の審議時間だったとも言える。

▽朝日「入管法案 衆院通過 委員会採決強行 審議17時間のみ」=「本会議に先立ち開かれた衆院法務委員会では、与党が野党の反対を押し切って採決を強行」(見出しと本文)
▽毎日「入管法案 衆院通過 委員会審議17時間 与党、採決を強行」=「これに先立つ衆院法務委員会で与党は、慎重審議を求める野党を押し切って採決を強行した」(同)
▽東京「審議わずか15時間 採決強行 入管法改正案 衆院通過 野党『拙速』8党派反対」=「与党などが採決を強行し、改正案を本会議に緊急上程した」(同)

 三紙とも衆院法務委員会で葉梨康弘委員長(自民)を野党議員が取り囲んで抗議するなど騒然としたなかでの採決の写真を掲載した。

テレビ朝日の報道番組「報道ステーション」は、トップニュースで改正入管法の衆院通過を伝えた。テロップには「『外国人労働者拡大』採決を強行」とあった=2018年11月27日。

 テレビの報道番組はどうだったのか。11月27日のTBSの「NEWS23」では、衆院法務委員会の審議の映像を流す際のテロップには「与党からも『問題点出てくる』 “外国人材法案 採決を強行”」とあり、テレビ朝日の「報道ステーション」でも「『外国人労働者拡大』採決を強行」というテロップだった。

 菅長官はよほど「強行採決」という言葉が気に障ったのだろう。

 東京新聞は、望月記者が「強行に採決が行われました」という言葉を使ったことへの抗議に対して、「採決の状況から本紙や他の新聞や通信社も『採決を強行した』と表現していた。それにもかかわらず本紙記者の発言を『事実に反する』と断じており、過剰な反応と言わざるを得ない」と特集紙面で反論した。

 読売と産経の一面記事の主見出しはそろって「入管法改正案 衆院通過」だった。読売は本記では法務委員会での採決そのものに触れず、産経は「衆院法務委で改正案の採決が行われ、自公と維新の賛成多数で可決」としか言及していない。

国会の出来事を政府が解釈することの是非

 こうした各紙の表現を記者はどう見ているのだろうか。政治部で首相官邸取材の経験のある全国紙記者に聞いてみた。

 この記者は「まず改正入管法案の審議はそもそも審議時間が足りていない。これまでの労働政策の根幹を変える法案でありながら、衆院通過の段階で17時間というのは過去の重要法案と比べても明らかに少なすぎる。50-60時間はやってもいい法案だ」と指摘する。

 そのうえで、「対決法案といってもこれまでは野党と水面下で交渉し、より良い着地点を見いだしてきた。採決を強行しても野党のパフォーマンスのような側面もあった。しかし、安倍一強になってからゼロか100ということになってしまった。だから朝日、毎日、東京の三紙の書き方には違和感はない。自分が記事の執筆を担当していたとしても同じように書いたと思う」と明かした。

 この記者は読売、産経の記事については「むしろ、読売、産経は政府の言い分に沿った書き方だ」と批判した。

 長谷川氏は政府の側に立った質問でないと事実に反するということを言いたいのかもしれない。

 ところで、長谷川氏が事実に反すると判断した根拠は、「採決は野党議員も出席していた」ということのようだ。たしかに、日本維新の会は賛成には回っていた。しかし、他の野党議員は、そうは受け止めていないのだった。

 衆院法務委員会では、葉梨康弘委員長の職権で政府や参考人質疑の日程が決められた揚げ句の採決。委員会での採決について、会期中に国会の場で「強行採決」という言葉を使って非難した議員は、少なくとも衆参で6人いた。

▽階猛氏(国民民主)「本日、重要広範議案であるにもかかわらず、たった17時間の審議で強行採決されたのです。法務委員会は、いつから無法委員会になったのでしょうか」(11月27日衆院本会議)
▽野田国義氏(立憲民主)「今日、衆議院の方ではまた強行採決がされるようでございますけれども、本当に慎重な審議が、急がずに、多くの問題があるということであります」(11月27日参院国土交通委員会)「初めに、昨日、また一昨日、十数時間の審議で入管法が打ち切られ、強行採決をされました」(11月29日参院国土交通委員会)
▽塩川鉄也氏(共産)「昨日の入管法改正案のああいう強行採決は、余りにもひどいと言わざるを得ません」(11月28日衆院内閣委員会)
▽仁比聡平氏(共産)「またもや民意を踏みにじり、昨日、衆議院でまともな審議もないまま強行採決で押し通し、今日、こんな夕方からの異常な本会議を強行した政府・与党は恥を知るべきであります」(11月28日参院本会議)
▽糸数慶子氏(沖縄の風)「与党は法案審議のための不都合な真実を隠し、衆議院で議論を尽くさないまま強行採決をしたのですから、一旦廃案にし、明らかになった事実を基に審議をやり直すべきではないか」(12月4日参院法務委員会)
▽稲富修二氏(国民民主)「残念ながら、十分な審議を経ることなく採決をされるという場面は、わずかこの一年で何度見てきたかわかりません。カジノ法でも、入管法改正でも、強行採決が繰り返されてまいりました」(12月6日衆院本会議)

 そもそも国会の議事運営上の言葉を、役人である長谷川氏だけでなく、菅長官も含めて政府が解釈することの是非こそが問われるべきではないだろうか。

 改正入管法案は2018年12月8日未明、衆院法務委員会と同様に参院法務委員会でも賛成多数で可決された。

 東京新聞のこの日の朝刊の見出しは「入管法改正案 成立へ 与党、参院委で採決強行」。

 本文でも「横山信一委員長(公明党)は質疑の終局を宣言した。締めくくりの討論後、横山氏が採決すると宣言するのを阻止するため、野党議員はマイクを奪おうとした。横山氏はもみくちゃにされながらも、採決を強行した」と書いていた。

連載「望月衣塑子の質問」を終えるにあたって

 「望月衣塑子の質問」の連載では、菅官房長官への望月記者の質問内容について首相官邸が東京新聞に申し入れた9件のうち、「事実誤認だ」「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑応答」――などとした、5件を取り上げました。連載を始めるにあたって過去にメディア界で大きな議論となったある事件を思い浮かべていました。

 それは奈良地検が、元法務省東京少年鑑別所法務教官でジャーナリストの草薙厚子氏と取材に協力した医師の自宅を刑法の秘密漏示の疑いで家宅捜索した事件でした。12年も前の2007年9月のことです。

 草薙氏は、奈良県田原本町で2006年6月に起きた母子3人の放火殺人事件をめぐって中等少年院に送致された当時高校1年の長男や医師である父親の供述調書の内容を取り上げた「僕はパパを殺すことに決めた」(講談社)を2007年5月に出版しましたが、情報源となった長男の鑑定医が出版によって結果的に事件に巻き込まれる形となりました。

 奈良地検は草薙さんと鑑定医の逮捕に踏み切るのか――。記者や編集者の間では当時、この事件は大きな論議になりました。関係者が集まる酒場では明け方近くまで連日、侃々諤々。ただ、論議は、なかなかかみ合いませんでした。

 すれ違う大きな理由は、二人の逮捕が予想される中で、まずはジャーナリストやその情報源に対する奈良地検の強制捜査は情報源を含む取材の自由を損ねるという権力行使への批判を重視する意見と、そうはいっても権力介入を招くような脇の甘い表現の本を出した草薙さんや講談社の問題を重視する意見に分かれていたからだと思います。

 鑑定医は逮捕・起訴されましたが、草薙さんの逮捕・起訴は見送られました。

 私自身はまずは二人が逮捕されるようなことがあってはならないという立場で、取材者として情報源を守るための表現の是非はその後からの議論だという考えでした。鑑定医、草薙さん、講談社の責任者の3者のインタビューなど当時の記事はそういう順番と立場から書いていたと記憶しています。

 さて、望月記者の質問についてです。

 社会部記者として2017年6月に官房長官会見に乗り込むわけですが、政治部記者の質問の作法とは明らかに異質なためか、官邸取材を担当する内閣記者会の一部には「望月さん(東京新聞記者)が知る権利を行使すれば、クラブ側の知る権利が阻害される。官邸が機嫌を損ね、取材に応じる機会が減っている」(神奈川新聞2019年2月19日)という考えの記者もいるようで、筆者自身も望月記者の話題になると、望月記者が書いた記事の内容よりも、「あの質問の仕方は…」と切り出される場面に何度も出合いました。

 こちらもなかなかかみ合いません。

 まず考えなければならないのは、奈良地検による草薙さんらへの強制捜査の是非と同様、官邸が東京新聞に出した9件の申し入れの内容が根拠のあるものであったのかどうか――ではないかと思いました。4月から断続的に5件の内容について自分なりにチェックしてみましたが、私の結論としては、一部に記憶違いに基づく誤りがあったにせよ、質問の主要な部分では正しかった――つまり官邸の言い分の方がおかしいというものです。

 内閣記者会の掲示板に張られてあるという、上村秀紀報道室長名の「問題意識の共有」を求める文書。当時の幹事社だったのは朝日新聞。内閣記者会としては受理していないということらしいです。もうすぐ1年になりますが、いまからでも官邸の申し入れの問題性について記者会としての態度を表明してもよいのではないでしょうか。このままうやむやにしてはならないと思います。

 その際に今回の連載が参考になると有難いです。また、件の上村室長からの文書は、いまさら廃棄する必要はないと思います。しっかりと保管しておいて、「『表現の不自由展・その後』のその後」が開かれたおりにはぜひ、出品して、読者・視聴者の観覧の機会を内閣記者会として提供してほしいと思います。(完)

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