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人権派弁護士がGPS装置つき保釈を提唱する理由

警察官・検察官・拘置職員による高圧的支配体制よりよほど人道的な機械による監視

五十嵐二葉 弁護士

 検察は何度失態を重ねるのか――。読売新聞が2019年11月17日付社説でこう批判したのは、直接的には「保釈を取り消された被告を収容しようとして、逃走を許した。約10日で2回も」の大阪府警の事案についてだ。

 具体的には、①岸和田市で収容の呼び出しに応じて出頭した女性被告を「荷物を取ってくる」と言われ、検察事務官ら3人がついていきながら車で逃げられた10月30日の事件、②東大阪市で検察事務官が車で護送中の男性被告から「手錠がきつい」と言われて掛け直そうと外した時に逃走された11月9日の事件、の二つである。

大阪府警本部=大阪市中央区

実刑確定者の「遁刑」事件が相次ぐ

 しかし、今年はそれ以前にも、実刑確定者が収容から逃れるいわゆる「遁刑」事件が相次いで報道された。

 ひとつは、神奈川県で2月8日に実刑が確定した被告が、同月27日に横浜地検小田原支部の係官が収容のため自宅に行くと「『だまし討ちじゃないか』と激高されて収容を断念。その後も訪問や電話を重ねたが収容できなかった」。「明確な対処方針を策定しないまま今回の収容当日を迎え」、「逃走を許した」という事件が発生した(毎日新聞19年8月7日付)。

 この事件では、検察職員5人と警察官2人の計7人で収容に行き、3人が部屋まで行ったが、「『支度があるから外に出ていろ』などと怒鳴って包丁を振り回した」「外に出ると、近くの車で逃走。包丁を持っていたため、外の4人はすぐに対応できなかった」とされる(朝日新聞8月7日付)。

 さらに、詐欺罪などに問われ一審で実刑判決を受け、高裁に控訴後に保釈されていた女性が、6月に最高裁で実刑が確定した後、「行方が分からなくなっていた」が、8月22日に身柄を確保された(読売新聞8月22日付夕刊)事件もあった。

 なかでも神奈川の事件では、逃走に使った車が発見された厚木市とその周辺、逃走者の自宅があった愛川町において、防災無線で事件を告げるとともに、十数人の教職員が外出していた児童に帰宅を促し(東京新聞6月20日付)、翌日は小中学校45校を休校にする(朝日新聞6月20日付夕刊)など大騒ぎとなった。5日後に逮捕されるまで、メディアは連日大きく扱って、検察の失態を非難した。

「逃がした」批判から「保釈」批判へ

 最高検と横浜地検は8月6日、この事件についての検証結果を公表した。収容まで4カ月を「長きに失した」▽収容に応じない被告に対して「十分な対処方針を検討しなかった」▽収容時に「警棒や防刃チョッキの装備品も携行していなかった」▽「現場のリーダーも決めていなかった」などだが、「検察の検証『具体策ない』地元首長疑問の声」と批判された(読売新聞8月7日付)。

 「『遁刑者』は昨年末時点で二十六人。減少傾向である。一九六〇年と比べれば二十分の一、三十分の一のレベルだ。」(東京新聞6月25日付社説)というのに、なぜ今年はこれだけメディアを騒がせるのか。神奈川の事件が「刃物を持って逃走した」からか?

 しかし、それ以外の事件はそうではない。東京新聞のこの社説が「保釈率と遁刑者数との因果関係はうかがわれない」と付け加えているのは、実刑確定者が逃げたことを、さかのぼって逃亡者を保釈した裁判所への批判にする論調が、一部で高まったからだ。

保釈をめぐり腰が定まらないメディア

 神奈川事件の「遁刑者」が逮捕された翌々日の6月25日、読売新聞社説は「保釈を認めた裁判所の判断にも、議論の余地が残る」「不必要な身柄拘束を避けるのは当然だが、裁判所は逃亡や証拠隠滅の恐れをきちんと見極め、保釈の是非を判断すべきだ」と書いた。

 同紙は8月7日付の事件の検証記事でも、「最高検や横浜地裁の検証は、あくまでも検察の対応を対象にしており、保釈のあり方や制度の見直しにはふみこまなかった。ただ、最高検の検証結果が『必要に応じて保釈決定に対して抗告するなどの対応を行うべきだ』とあえて記載したことは、裁判所の運用に対する不満もにじむ」とし、11月17日付社説でも「全国の地裁に保釈を認められた被告は昨年1万4814人で、2008年より約5000人増える一方、保釈を取り消される被告も10年前の5倍近い」としている。

 保釈増は1.5倍なのに対して、その取り消しが5倍なら、保釈の運用は狭まったとする評価もできるのだが……。

 冒頭にあげた確定者の逃亡を許してしまった事件は、その事務を担った地検職員と補助を依頼された警察官の失態だったことは、最高検と横浜地検の神奈川事件の検証や、他の事件でもメディアの論評で一致している。判決前に裁判所が保釈していても、検察や警察が「収容」の仕事9カ月も放置したりせず、きちんとしていれば「遁刑」は起こらない。「遁刑」を保釈した裁判官のせいにするのは、「外に出なかったら交通事故にあわなかったのに」という言い方と同じだ。

 東京新聞は前記社説で「保釈率と遁刑者数との因果関係はうかがわれない」と付け加え、11月12日には「『保釈率高いから増えている』は間違い」と見出しする記事を載せたが、一方で「最高裁によると全国の裁判所が保釈を認めた割合は〇九年の16.3%から一七年には32.7%に増えた」とする6月24日付では、「高まる保釈率運用に限界」という見出しをつけた。

 朝日新聞も6月25日付の社説で、「気になるのは男が保釈された事実をとらえて、保釈の制度や運用全般を問題視する言説が、一部のメディアなどに広がっていることだ」としているが、その朝日も7月4日付では「逃げない前提保釈の穴」という見出しの記事を掲載しているように、同じメディアでも方向は揃っていない。

 毎日新聞は6月27日付の「記者の目」で、「身柄の拘束には慎重になる傾向」などを指摘して、「人権と事件解明の両立を」と見出しをつけた。それなら異論のある者はいないだろうが、具体的な制度設計を示しているわけではない。

裁判所が「保釈」をためらうリスク

 そうしたなか、「遁刑」と保釈ばかりではなく、勾留そのものについての批判的報道も目立つようになった。

 例えば、毎日新聞8月16日付では、「勾留却下の男 海外逃亡」として、大麻取締法違反で逮捕された外国籍の男性について、東京地裁が勾留請求を却下し東京地検が「逃亡の恐れがある」として不服を申し立てたが、これを地裁は認めず、男性が釈放された後に海外に逃亡した、と報道。「裁判所は拘束に慎重な姿勢を強めており、被告の保釈が増えているのと同様、容疑者の勾留請求却下も増えている」「保釈の条件となる保釈保証金の納付は容疑者には課されず、逃亡を防ぐ法的な仕組みはない」などと指摘している。

 また、朝日新聞10月2日付の「勾留停止中に逃走」という記事では、恐喝未遂事件で8月に懲役一年半の実刑判決を受けて控訴中の被告について、東京高検が「勾留の執行停止中に逃走した」と発表したと記載。「裁判所が病院での診察を理由に3時間の執行停止を認め、立川拘置所を出たが、東京地検立川支部に出頭しなかった」として、「検察側は逃走の恐れが強いなど反対したが、東京高裁が却下した」と指摘している。

 これらは凶悪犯の逃走ではなく、一連の「遁刑」と保釈批判報道がなければ、これまで報道されることはなかったのではないかと思える。そもそも、特別なことがなければ記者が独自に把握することはない小さい事件で、警察なり、検察なりの発表がなければ報道されなかった記事だろう。

 こうして見てくると、「保釈」一般について、明らかに風当たりが強くなっていると感じる。「そうした空気を恐れて保釈をためらう」ということは、日本の裁判所の体質から十分懸念されることだ。

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「起訴前保釈」率がゼロの日本

 後述するが、アメリカの保釈率は平均60%程度、フランスで保釈に相当する司法統制もほぼ同じだ。これと比べて日本の保釈率はゼロ。え?と驚くだろうが、この数字はどれも事件が起訴される前の「起訴前保釈」のことだ。日本では、起訴前にはそもそも保釈という制度がない。だから、保釈もゼロなのだ。

 起訴されるかどうかを決めるこの期間は、よく「23日間」と言われる、実際にはしばしば延長もされる。また、12月10日に盛岡で発生した元農水相襲撃事件で、「銃撃した」と自首してきたのに、まず銃刀法違反のみで逮捕・勾留し、その後殺人未遂で再逮捕・勾留したように、罪名を分けて何度も逮捕・勾留をくりかえす。国際的に「セパレート・チャージ」と非難されている方法で、実際には23日の何倍にも期間を伸ばされる。こうした起訴前の期間に保釈の権利がないのは、世界でも珍しい。

 これについては、国連規約人権委員会からも、1993年以来ずっと改正するよう勧告され続けている。

 日産自動車元会長のカルロス・ゴーン氏が108日目にしてようやく保釈されて、日本の「人質司法」が世界に悪名高くなったのは今年の1月だ。それでもゴーン事件の保釈は、世上「無罪請け負い人」と呼ばれる弁護士の剛腕による特例だと言われた。

遅れている日本の保釈制度

 日本で今、「運用」が批判されている「保釈率」とは、起訴されて公判を受けている期間になってからのことで、最高裁事務総局刑事局の最新の数字「平成29年における刑事事件の概況」によれば、保釈率は地裁が32.5%、簡裁が17.7%だ。2016年に地裁で30.3%になるまでは、ずっと10%から20%台だった(法曹時報71巻2号)。

 しかも、これも起訴されてすぐ保釈されるわけではなく、事件によって、公判で検察側の有罪立証が終わった後、弁護側の立証も終わった後などとさまざまで、時期別の統計は公表されない。

 つまり、現在でも67.5%の人が、公判の間も拘禁され続け、弁護士との打ち合わせも、アクリル板越しの面会室での限られた場所と時間でしかできない。家族とはさらに短い時間しか面会できず、家族関係、仕事も社会的関係も失うものが多い。

 保釈をどのように決定し、保釈された者の逃亡を防ぐのか、外国ではどんどん制度を改革しているのに対して、日本は全く遅れている。

 次に日本よりはるかに犯罪が多い外国、アメリカとヨーロッパの現状を、上記の2カ国について見てみよう。(日本と比べて注目してほしい箇所を太字にした)

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外国は保釈をどうしているか

米カルフォルニア州では

 アメリカは州によって制度が違うが、カリフォルニア州は憲法12条で、被告人が死刑犯罪と暴力あるいは性的暴行を含む重罪を犯したことを示す強力な証拠が存在する場合、および被告人が釈放されると、他人に対して重大な身体傷害をもたらす実質的な可能性がある場合を除くすべての事件について、保釈される権利を保障している。

 同州では、2017~18年の上院本会議でbail「保釈金による保釈」を廃止する法案が可決された。2020年11月に住民投票が予定されているが、既に実務では保釈金制度は使わず、own recognizance(OR=自己誓約システム)によって行われている。

 ORは1991年に筆者がカリフォルニアに行ったときには、被逮捕者支援の民間団体が立ち上げ、市によっては官民共同で試行していたが、30年で州の制度を変えたことになる。
ORは、逮捕された人が警察に着くとすぐ行われるbooking「記帳」から24時間(十分な理由が示せれば36時間)以内に、裁判所の一部門であるPAS「公判前調査サービス」が行うprearraignment(罪状認否前の審査)で釈放か拘禁の継続かを決めるにあたり、釈放のために使われる。

 軽罪なら、すべて自己誓約システムだけで釈放される。それ以上の犯罪については、PASが被逮捕者に面接調査した上で、「他人を傷つける」と「公判に出頭しない」の危険度に応じて、低度と中度に分けて、誓約内容を決めて適用する。それ以上の危険度と判定された者だけが拘禁を続けられる。

 低度の誓約内容は、▽公判出頭▽裁判所の許可がない限りカリフォルニア州内に留まること▽もし州外で逮捕された時は逃亡犯人引き渡し拒否の権利を放棄▽裁判所の命令にはすべて従う――の4項目。

 中度の誓約内容は、次のような例示の中から、PASが対象個人ごとにいくつか選択する。▽午後9時以後の外出禁止▽脱ドラック・アルコール検査を受ける▽特定の人あるいは場所に近寄らない▽修復▽アルコールモニター腕輪を付け続ける▽警察の捜索差押えに服する▽カリフォルニア電磁監視(GPS装置を足に付ける)、である。「修復」とは広い意味で犯罪からの人間関係の修復で、賠償や、被害者も含めて話し合う「修復的司法」もある。

 全米での保釈率はほぼ6割で、州の制度によって違いがあるが、少なくともその1割は逮捕から1日以内に保釈されるという。

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フランスでは

 フランスは王権警察の国で、かつては警察が「Garde à vue」(監視のための確保)として、犯罪の被疑者ばかりか目撃証人など確保しておきたい人を拘束できる制度が、刑事訴訟法外の警察権限として行われてきた。

 ところが、ヨーロッパ人権条約(ここでは5条の身体の自由保障条項)に合わせるための1970年の改正で、現在は刑訴法内に規定された手続きとなり、対象者は48時間警察に留置されて尋問も受けるが、医師による診断、尋問や食事、休憩などの時刻を尋問記録に記載するなどの人権上の制約と共和国検事の監督が課されるようになった。この期間内に予審に付されない人は釈放される。

 予審で、被疑事実が軽罪拘禁刑以下の人は、自由のまま裁判を受ける。それ以上の犯罪で予審に付される場合の予審出頭確保の方法は、予審判事または「自由と拘禁判事」(主席裁判長代理又は裁判長代理という高い地位にある裁判官が務める)が決める。2000年「無罪推定法」改正によって、「仮(未決)拘禁は、手続きの結果が示す正確かつ詳細な要素によって、以下の1又は複数の事項によることが目的を達成できる唯一の方法であり、司法統制又は電磁監視付きの住所指定に置くことでは目的が達成できないことが認められないかぎり、命じることも、延長することもできない」(144条)と規定された。

 「以下の事項」は7項目で、日本の「罪証隠滅の恐れ」に該当する1号が「真実を明らかにするために必要な証拠または物的痕跡を保存するため」と限定的になっているなど、それぞれ紹介したいが、字数をとるのでここでは割愛する。

 さらに、具体的に「審理対象者は無罪を推定され、自由な状態に置かれる」(刑訴法137条1項)。「しかしながら審理の必要性又は保安のためcontrôle judiciaire「司法統制処分」を課し、それで十分でない場合にはsurveillance électronique「電磁的監視」(GPS装置を足に付ける)を伴う居所指定を課され(2項)、2項の措置のみでは「その目的に照らして不十分であることが明らかな場合には」仮(未決)拘禁に付する(3項)といういわば4段階の制度になった。。

 司法統制処分(138条)は簡単に言えば次の通り。

 ①決められた区域から出ない②決められた住所を原則不在にしない③指定場所に立ち入らない、又は指定場所にしか立ち入らない④指定された以外の場所に旅行するには許可を受ける⑤指定された公的機関に定期的に出頭する⑥指定された官庁、団体、個人の出頭要求に応じる⑦身分証明書、パスポートの提出⑧運転をやめる。

 ⑨指定された人と会わず、関係を持たない⑩(薬物やアルコール)中毒などの治療を受ける⑪保証金の納付⑫決めらた職業などの活動をしない⑬一定の場合以外小切手の振出をしない⑭武器を所持しない⑮個人保証、物的担保の一定の禁止⑯扶養料支払いなど家族に対する責任を果たす⑰犯罪行為が家族を対象としたものであったときには対象者に近づかない。

 2016年に、⑱その人の、健康的、社会的、教育的、心理的負荷を負っている条件を尊重して、市民的価値への復帰と獲得を可能にするべく、万一の場合その人が住み続けることができる居住施設に受け入れることができる、が加えられた。条文はRespecterではじまっており、拘禁施設ではなく、人間を尊重した社会福祉的な手段であることを示している。

 この中から予審判事がその個人に応じていくつでも選んで課し、それで足りなければGPS装置を足に付ける「電磁的監視」も加える。

起訴後の保釈率を「普通の国」並みにするために

 米カルフォルニア、フランスの例で太字にしたところを見ると、日本との違い、現代の通常の保釈制度がお分かりいただけると思う。

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