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結局「オールジャパン」ではなかった新国立競技場

新たな歴史に魂は吹き込まれるか

増島みどり スポーツライター

国立競技場の内覧会を取材する報道関係者=2019年12月15日、林敏行撮影

竣工式には出席していなかった現場の工事関係者こそたたえられるべき

 12月15日、2020年東京オリンピック・パラリンピック開閉式、陸上、サッカーの会場として使用される国立競技場(6万8000人収容)の内部がメディアに初めて公開された。午前中には、安倍晋三首相、小池百合子都知事、橋本聖子五輪相ら関係者が出席して竣工式が行われ、首相は「皆様がまさにオールジャパンで努力して頂いた結果、本日を迎えることができました」と感謝した。しかし首相が当初から「オールジャパンでつくりあげる」と強調した思いとは裏腹に、陸上で使用するトラックはなぜか工事途中で、イタリアのモンド社の提供に変わっていた。首相のあいさつが「オールジャパンで完成した」ではなく「オールジャパンで努力して頂いた」と、どこか歯切れが悪く聞こえた理由である。

 ザハ・ハティド氏のデザインで約3400億円とされた計画からデザインの変更(15年)を余儀なくされたが、最終的に1529億円と予算を20億円残す工事に。費用の中でも原材料は特に高騰した。また犠牲者を出す結果となってしまった超過業務の実態把握と改善など、様々な難問が立ちはだかった3年だったといえる。大事故を起こさず、納期通り引き渡しが完了した大プロジェクトを支えたのは、36カ月の工期中もっとも多い時期には一日約2800人、延べ人数なら150万人にのぼった現場の作業関係者たちである。竣工式で、緊張を強いられながらミッションを果たした「名もなき人々」の力もたたえるべきだった。

披露されなかったものにこそ、「新」と呼べる価値があるはず

 工事期間中にもヘルメット着用のうえメディア見学会を設け、建設中には3年を通じて進捗状況を定期的に会見で報告するなど、運営・管理にあたる日本スポーツ振興センター(JSC)は情報公開を重んじた。このため15日の内覧会は、これまでも明かされていた大成、梓設計、隈研吾建築都市設計事務所による計画が無事に完了したとする、どちらかといえば報告会のような色合いだった。

 1964年、東京五輪で使用した旧国立競技場との違いは、ただ新しいだけではなく、例えば、時代をどう取り込んでいるかにもあったはずだ。半世紀前との違いは、バリアフリー、災害への備え、最新の警備システム、多様性への対応の4点ではないかと考える。

 新競技場にとって、身体障害者がどれだけストレスなく使用できるか、バリアフリーはどこまで実現できたのだろう。各フロアに身障者と付き添いの見やすい座席があり、総数は500席も設置されているという。

 また「災害の年」と言われた2019年に完成した最先端のスタジアムとして、災害時にどう耐えうる建築物で、発電源の確保、加えて防災拠点としての物資のストックほか防災機能をどう備えているかは重要なテーマだ。

 ロンドンの「ウエンブリースタジアム」が完成した際には、

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