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大リーグに激震 「サイン盗み」のどこが問題か?

大リーグの不文律と機構の規程に違反したアストロズ。沈静化までは時間がかかる気配

鈴村裕輔 名城大学外国語学部准教授

aceshot1/shutterstock.com

 「今日はヒューストン・アストロズにとって大変困難な日である」

 しきりに手元の用紙に目を落としながら声明文を読み上げるのは、ヒューストン・アストロズの筆頭オーナーであるジム・クレイン氏だ。

 地元ヒューストンを代表する実業家で、2011年にアストロズを買収したクレイン氏の表情がこわばるのも無理はない。アストロズが球団ぐるみでサイン盗みを行っていたとして、大リーグ機構が500万ドルの制裁金、2020年、2021年のドラフト1巡目、2巡目の指名権剥奪、ゼネラル・マネージャーのジェフ・ルーノウ氏やアンドリュー・ヒンチ監督に1年間の資格停止を科したからだ。

得意の絶頂からの転落

 今回、機構は独立委員会の調査報告に基づき、アストロズが2017年から2018年にかけて本拠地のミニッツメイド・パークの中堅に設置されたカメラを用い、対戦相手の捕手が出す合図を不正に分析していたと認定した。

 2017年はアストロズがワールド・シリーズを初制覇した年だ。

 1997年から1999年まで3年連続で地区優勝を果たし、2005年にワールド・シリーズに初めて進出するなど、1990年代後半から2000年代半ばまでのアストロズは実力派の球団として知られていた。

 しかし、2005年以降は主力選手の相次ぐ移籍もあり、アストロズの成績は低迷する。
そのようななか、1962年の球団創設以来初となる球界の頂点に立った2017年は、アストロズにとって最も輝かしい1年となった。

 ワールド・シリーズには敗れたものの、2019年もアメリカン・リーグを制覇した姿を見て、多くの観客が、「アストロズは黄金時代を迎えた」と思ったものだった。

 だが……

 「サイン盗み問題」が発覚し、機構による処分が下されたことで、アストロズは得意の絶頂からの転落を余儀なくされたのである。

 「サイン盗み問題」と大リーグの不文律

 2019年11月にこの問題が発覚した際、少なからぬ球界関係者は事態をさほど重要視しなかった。何故なら、何らかの形で相手のサインを見抜こうとする行為が行われていることは、大リーグにおける公然の秘密だったからだ。

 他の競技と同様、大リーグにも規則には書かれていないものの、長年の習慣によって形成されてきた不文律が存在する。

 たとえば、「大量点を取っているチームは盗塁してはならない」「本塁打を放った打者が大げさにガッツポーズをしてはいけない」などは、大リーグの代表的な不文律だ。そして、不文律を破った選手は、対戦相手から制裁を受けても甘受しなければならないというのも、球界の不文律だ。

 もちろん、こうした不文律がいつも適用されるわけではないし、誰もが支持しているわけでもない。

 千葉ロッテマリーンズの監督を務め、大リーグでもテキサス・レンジャースやニューヨーク・メッツの監督などを歴任したボビー・バレンタイン氏は、「大量点というが、試合が終了するまで、何点取っても勝利が保証されることはない」と、不文律の不合理さを指摘している。

 また、ワールド・シリーズのような重要な試合や、記録の更新が期待される場面、あるいは誰もが認める大物選手などは、本塁打を放った後に大げさなしぐさをしても許される。

 「サイン盗み」に関する不文律は、

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