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女子マラソン五輪代表に大前進した松田瑞生

山中美和子監督との新しい師弟関係にも注目

増島みどり スポーツライター

拡大五輪派遣設定記録を突破し、喜ぶ松田瑞生=池田良撮影

原点回帰、女子マラソンの黄金時代を思い起こす松田の快走

 気温10度、湿度62%で無風、ハーフマラソンで日本記録をマークしたばかりで、絶好調の新谷仁美(積水化学)がペースメーカーを務める。1月26日行われた、東京2020オリンピック日本代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ ファイナルチャレンジ」は、こうした好条件が揃う中、ヤンマースタジアム長居でスタートを切った。

 印象的なのは、このレースには、日本の女子マラソンが、シドニー、アテネと五輪連覇を果たし、世界選手権でメダルを量産した黄金時代のエッセンスが、随所にちりばめられているようにも見えた点だ。

 松田瑞生(24=ダイハツ)は昨夏のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)で4位に沈み、一度は五輪代表の座が遠のいた。しかし、米国の高地、アルバカーキで月間1300キロにものぼる走行距離を突破。年間のスケジュールを尊重し、ケガを心配するあまりに練習量がなかなか伸びない。日本の女子マラソン低迷の陰には、アフリカ勢の躍進ばかりではなく、こうしたジレンマに陥った現場の姿がある。

 1300キロは、かつて野口みずきがアテネ五輪で金メダルを獲得する際に走破した1370キロに並び、高橋尚子がシドニー五輪で金メダルを獲得した頃の1400キロにも迫る。ともすれば、量より質を追求するあまり萎縮しがちなところ、久しぶりに耳にするような圧倒的な距離、1300キロを走り込んで堂々スタートラインに立った時点で、すでに陣営は「勝って」いたのかもしれない。

 5キロ、10キロを日本記録ペースで引っ張った新谷が実業団入りする際にあこがれ、目標としたのも黄金時代を不動のものにした高橋尚子であり、指導した小出義雄監督(昨年死去)の師弟だ。「世界を舞台に一緒に戦う気持ちだった」と話す新谷に、時に、抜かんばかりのスピードでついて行った松田、女子長距離界をけん引する2人のプライド、気迫がにじむレースとなった。

 30キロからペースを落とすことなく派遣設定記録2時間22分22秒を突破する2時間21分47秒で優勝。日本歴代6位の好タイムで、残る代表の1枠に大きく近づいた。

 外反母趾を持つ松田が履いていたのは、高橋、野口をはじめほとんどの女子トップランナーが特注を任せたマイスター(名職人)三村仁司(ニューバランス)の腕に寄るシューズだった。男子と女子の走り方の違いに特徴はあるが、三村がピッチ走法で走る日本の女子ランナーのために苦心し、世界に1足の職人技で作成してきた「薄底シューズ」にも、久々にスポットライトが当てられたのではないか。

 何より、黄金時代の真っただ中、五輪を夢見て走っていたランナーが、ゴールで愛弟子を待っていた。

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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

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