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東京都のペット殺処分ゼロはいかに実現されたか

武田徹 評論家

 2017年衆院選に際して「希望の党」が掲げた公約には仰天した。「『希望への道』しるべ」と称して12個の“ゼロ”を掲げる。中には「花粉症ゼロ」とか「満員電車ゼロ」などまで含まれており、そうあって欲しいという願望や感情は理解できるが、キモチで政治ができますかと言いたくなった。

 小池百合子都知事を誕生させた「都民ファーストの会」を母体に国政選挙に向けて結成された「希望の党」は、選挙戦が始まると、旧民進党との合流過程で「基本政策において一致しない議員は排除する」との刺々しい知事発言も飛び出して、急速に失速し惨敗する。

 そんなわけで、達成できた公約などなかっただろうと思えばそうでもない。「都民ファーストの会」の公約でもあった「ペット殺処分ゼロ」は、東京都では五輪開催の2020年までの、つまり19年度中の達成を目標としていたが、1年前倒しで18年度中に達成された。

 殺処分とは何か。端的にいえば殺すことだ。

 人間だったら「死刑」だが、これは刑罰である。動物に罪はないのだが、それでも殺す。そこに罪はないがイキサツがある。

 日本で最初に動物の殺処分を盛り込んだ法制度は、1951年に制定された家畜伝染病予防法だ。家畜伝染病に罹った動物について、感染拡大の防止、経済的悪影響などの副次的被害の防止という観点から都道府県知事が当該動物を殺す命令を出せる等と規定されている。確かに高毒性のインフルエンザウイルスの感染が確認された鶏が鶏舎ごと殺処分される光景は時々報道されている。その根拠となるのがこの法律である。

 しかし、殺処分を規定するもうひとつ別系統の法律がある。1950年に施行された狂犬病予防法だ。同法はまず飼い犬の登録と狂犬病の予防接種を飼い主に義務づける。登録と注射が済んだ犬には鑑札と注射済票が与えられるので、それを首輪などにつけなければならない。もし鑑札や注射済票をつけていない犬が発見された場合、都道府県知事等から“狂犬病予防員”として任命された獣医師が捕獲、抑留する。市町村長は捕獲された犬の特徴などを一定期間公示し、その間に所有者が犬を引き取りに来ない場合は、狂犬病予防員はその犬を「処分することができる」としている。

狂犬病の予防注射1966年、東京都内拡大狂犬病予防法に基づいて狂犬病の予防接種が義務づけられた=1966年、東京都内

 二つの法律は飼い主と動物と2通りの関係に対応している。家畜の場合、肉牛などは動物自体が商品なのだし、農耕に使う牛馬であれば道具である。家畜には役割があり、その役割を果たしている限り、飼い主は大事に管理し、面倒を見るだろう。

 しかし、ペットとして飼われている動物と飼い主の関係は曖昧だ。商品でもなければ、道具でもないから動物と飼い主の関係は時にぷっつりと切れる。ペットが逃げ出してしまったり、飼い主が捨ててしまったりすることがある。登録や予防注射を怠る飼い主もいるので、飼い主との関係が切れた“元ペット”も狂犬病予防法による捕獲や殺処分の対象となる。実際、かなりの数の犬が捕獲収容され、狂犬病予防を建前に殺処分されてきた。

 だからこそ、おや、と思うのだ。開高健が『ずばり東京』の中で犬について書いた回の題名は「お犬さまの天国」である。

 どの町角にたっても災厄が手足をはやして人間にとびついてくるのじゃあるまいかと思いたくなるようなこの都だが、犬にとってはすばらしい住み心地のする町である。犬の学校もあれば犬の病院もあり、美容院もあれば服屋もあり薬屋もあれば墓場もあるというぐあいである。目薬もあれば、チューインガムも売っている。靴もあれば、レインコートも売っている。人間にはない系譜監査院までできているのだ。

 と、お犬さまの“天国”のことばかり描いているが、こちらは比喩である。天寿を全うできずに殺されて本当の天国に逝く犬には触れていない。戦争が終わってまだ時の浅い時期に人々は今より死に対して不感症だったのかもしれないし、狂犬病の恐怖のほうが大きく、野犬が捕獲されて殺されるのは社会的に必要なことと思われていたのかもしれない。

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筆者

武田徹

武田徹(たけだ・とおる) 評論家

評論家。1958年生まれ。国際基督教大大学院比較文化専攻博士課程修了。ジャーナリストとして活動し、東大先端科学技術研究センター特任教授、恵泉女学園大人文学部教授を経て、17年4月から専修大文学部ジャーナリズム学科教授。専門はメディア社会論、共同体論、産業社会論。著書に『偽満州国論』、『流行人類学クロニクル』(サントリー学芸賞)、『「核」論――鉄腕アトムと原発事故のあいだ』『戦争報道』、『NHK問題』など。

 

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