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進行中の原発をめぐる問題の解決のために必要なこと/下

放射線の基礎知識を共有し、現状に関する知見をたえず更新しよう

児玉一八 核・エネルギー問題情報センター理事

進行中の原発をめぐる問題の解決のために必要なこと/上

 前回に述べたような放射線に関する基礎知識は、福島第一原発事故に伴う避難と帰還、食品検査、健康影響、事故炉への対応や汚染水処理などの状況について理解し、いろいろな判断をする上で不可欠なことだと考えます。

 そして、こういったさまざまな問題や課題について、考えられうる最も賢明な選択をする上でも、現状についての知見をたえず更新し続けていくことも大切でしょう。さらに、そういった選択を行うためには公正で公平な議論が必要であって、そのために科学的な議論の土俵が共有される必要があります。

事故炉と廃止措置、福島県の状況はどうなっているか

拡大特産品「あんぽ柿」の海外輸出が震災後初めて再開。招待された海外メディアが作業工程を取材した=2020年2月19日、福島県伊達市

 福島県の現在の状況は、おおむね次のようになっています。

避難指示と帰還 福島県内の避難指示は、帰還困難区域を除いて大部分が解除になり、避難区域の面積は当初の3分の1ほどになりました。避難指示は年間積算線量が20mSv以下になっただけで解除されるのではなく、①日常生活に必須なインフラがおおむね復旧、②生活関連サービスがおおむね復旧、③子どもの生活環境を中心とする除染作業が十分に進捗、という状況になった段階で、県・市町村長・住民の十分な協議をふまえて解除するとされています。

外部被曝量は高くなかった 福島第一原発事故で放出された放射性物質による外部被曝量は、幸いにもあまり高いレベルにはなりませんでした。空間線量率が最も高かった事故直後の4カ月に、福島県の約46万人の方々の外部被曝量が、福島県県民健康調査の問診票に書かれた行動記録をふまえて放射線医学総合研究所の線量評価システムによって推計されました。地域によって実効線量の分布は異なりますが、全県的には0~5mSv未満が99.8%をしめていて、最も高かったのは福島第一原発に近い相双地域の1人の25mSvでした。また、福島第一原発に近い12市町村から避難した人々の避難前と避難中、1年のうち残りの期間中に避難先で被曝線量を推計した結果を見ると、事故直後1年間の平均実効線量はすべての年齢層で数mSvから十数mSvの間でした。

食品の汚染対策と検査 食べ物の中の放射性物質については、①現実的にはあり得ないほどの厳しい仮定のもとで規制値を設定する、②コメや果実などへの放射性物質の吸収を大きく減らす、③コメの全量全袋検査をはじめ農産物や水産物などの検査を行い、基準値を超過した品目は流通させない、といった対策が行われてきました。その結果、内部被曝は年1mSvをはるかに下まわるレベルにおさまり、流通している食品は心配なくなっています。

内部被曝量も低く抑えられた このような食品への対策が奏効して内部被曝量もとても低いレベルに抑えられています。事故から9年をへた現在、「がん」(注4)の発生率が上昇したというデータは1つもありません。さらに今後も、「がん」の発生率が上昇するとは考えられないと言っていいでしょう。

避難に伴う健康影響 一方、福島県では地震・津波の被災に加えて、福島第一原発事故によって最も多い時には16万人を超える方々が県内外で避難生活を送りました。ほんの数日間だと思って「着の身着のまま」で避難先に向かった人も多く、そのまま長期の避難生活を送ることになってしまいました。避難は生活環境を大きく変えてしまい、精神的・肉体的にさまざまな深刻な影響が現れました。こういった健康影響も原発事故の被害に他なりません。

甲状腺検査に伴う過剰診断 2011年3月に0~18歳だった福島県の子どもたちを対象に甲状腺スクリーニングが行われ、200人以上にがんが見つかって多くの子で手術がされました。国連科学委員会など多くの専門機関は、見つかったがんは放射線起因性ではなく、感度の高い検査法を行ったために見つかったと判断しています。このことは過剰診断(症状が出たり、そのために死んだりしない人を、病気であると診断すること)と過剰治療(過剰診断に伴って、手術などの不要な治療が行われてしまうこと)が起こっていることを意味し、子どもたちに人権侵害という重大な問題を引き起こしています(注5)

事故炉の廃止措置 福島第一原発事故は、三つの原子炉が同時にシビアアクシデントを起こしました。そのため、多くの原発があるアメリカやフランス、ロシアですら経験のない、三つの事故炉の廃止措置を並行して行わなければなりません。工程に多少の遅れがでたとしても、政府と東京電力は周到な準備を行った上で、安全最優先で慎重・確実に進めていくことが必要でしょう。

汚染水の浄化処理 事故炉の地下に地下水が流れ込んで大量の汚染水が発生したのも、チェルノブイリ原発やスリーマイル島原発のシビアアクシデントで経験がないことです。原子炉地下への流入量の低減対策と放射性物質の除去処理が行われていますが、浄化処理後にタンク内に貯蔵されている大量の処理水をどうするかが、事故炉の廃止措置を進めていくうえでネックになっています。

(注4) 確定的影響(被曝線量がしきい値を超えると急激に発生確率が増加して誰もが発症し、しきい値以下では誰も発症しないような障害。被ばく線量が大きくなるにつれて症状が重くなる)が起こる線量より、福島県民の被曝線量は幸いにもずっと低かった。被曝による健康影響の可能性があったのは確率的影響(しきい値が存在しないと考えられ、どんなに低い被曝線量でもそれなりの確率で発症する障害。被曝線量が大きくなるにつれて発生確率が増加し、症状の重さは被曝線量とは関係しない)の中で「がん」だけだが、その発生率も上昇するとは考えられない被曝量に抑えられた。

(注5) 無症状の人に感度の高い超音波検査を行うことは、過剰診断という深刻な問題を引き起こすため、国際がん研究機構(IARC)は2018年9月、「原発事故後の甲状腺スクリーニングを実施することは推奨しない」とする提言を出した。つまり、もし今後に原発事故が発生したとしても、「福島県のように集団での甲状腺検査を行うべきではない」ということである。IARC提言は福島の検査には言及していないが、その内容を読めば、甲状腺スクリーニングは中止する必要があるという意味だと判断できる。

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筆者

児玉一八

児玉一八(こだま・かずや) 核・エネルギー問題情報センター理事

1960年福井県生まれ。金沢大学理学研究科修士課程修了、金沢大学大学院医学研究科博士課程修了。著書に『身近にあふれる「放射線」が3時間でわかる本』(明日香出版社)、『活断層上の欠陥原子炉 志賀原発』(東洋書店)、共著に『放射線被曝の理科・社会』『しあわせになるための「福島差別」論』(かもがわ出版)、『福島事故後の原発の論点』(本の泉社)など。