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「人に理解されない病気」にかかってみると

時に、自尊心が徹底的に傷つられる。でも・・・

永峰英太郎 フリーライター

 皆さんは「ジストニア」や「本態性振戦」という名前を耳にしたことがあるでしょうか。おそらく、ほとんどの人が「知らない」と答えると思います。

 じつは、これらは脳の病気で、東京女子医大脳神経外科のサイトには、こう説明されています。

 ジストニア……身体が意思とは関係なしに動いてしまう状態のことを不随意運動といいます。ジストニアという病気は、無意識に筋肉がこわばってしまう不随意運動の1種です。全身のあらゆる筋肉にジストニアは発症します。

 本態性振戦……明らかな原因がない(本態性)のに震え(振戦)がある状態を指します。

 自分の意思に反して、身体全体や一部がこわばったり、震えてしまう――それが「ジストニア」や「本態性振戦」です。そして私は、35歳(2005年)のとき、本態性振戦を患いました。

永峰英太郎さん

ある日突然、手がブルブルと震えて

 発症したときのことは、今も鮮明に覚えています。休日の朝、携帯電話の機種変更をしようと、携帯ショップで住所などを書いているときでした。突然、手が震えだし、まったく文字が書けなくなったのです。当時の日記には、そのときの様子をこう綴っています。

 「突然、手がブルブルブルブルと震えてしまい、ミミズの這ったような字しか書けず、相当気まずい雰囲気になった。二日酔いのせいだろう」――。

 人前で手が震えて、文字が書けなくなるのは、本態性振戦の特徴的な症状なのですが、当時は、その原因を二日酔いと決めつけていました。しかしその後、さまざまな場面で、手が震えるようになります。

 私の仕事はフリーランスのライターですが、例えば朝日新聞社での打ち合わせ時――。受付で訪問先の部署名や氏名などを書く必要があるのですが、それが震えて書けないのです。あるいは、レンタカーを借りるときにも、受付でブルブル手が震えてしまいます。

 もし、皆さんが同じ事態になったら、どう考えるでしょうか。

 おそらく「心療内科で診てもらおう」と思うはずです。かくいう私も、東京・中野にある有名な心療内科を訪ねてみることにしました。すると医師は、ざっと私の話を聞くだけで「神経症障害(不安症、パニック障害)です。向精神薬を投与して、改善を図りましょう」と断定しました。私も「そうなんだろうな」と納得します。そして、この病院に通う日々が始まります。

 しかしながら、1年が経過しても、その症状はまったく改善しません。しかも、向精神薬によって、身体がだるくなる始末。さらに自分の中で「手の震え以外は、いたって健康なのに、本当に神経症障害なのか?」と、ただ処方箋を出し続ける医師に不信感を抱くようになり、いつしか病院には足を向けなくなりました。

 以降、人前での手の震えは、高血圧の病気のように、ずっと付き合っていくしかない病気と、半ば「諦め」の気持ちを抱くようになります。引越しの際の不動産でのやりとりは妻に任せるなど、「書く場面」を必死にかわし続けました。

 書く場面以外でも、症状が出ることもあります。例えば、見知らぬ人もいる大人数で居酒屋でビールジョッキ片手に乾杯するときなどは、震えてしまうことが多々ありました。その結果、飲み会を敬遠する自分もいました。まさに、かわしていたのです。

ところが、2013年に母が末期がんになり、同時に父が認知症であることが発覚すると、かわすことが難しい場面が多くなっていきます。妻の代筆は許されず、長男である私が、書類を書かないといけない場面が頻繁に訪れるようになったのです。

 そうした状況に置かれる中で、私は「もう一度、病気を治すことを真剣に考えよう」と思うようになります。さらに、その気持ちを揺るぎないものにする出来事が起こります。

 私の文章の師匠ともいえる夕刊紙の記者時代の上司ががんで他界したのですが、その知らせを受けたとき、私の脳裏に真っ先に浮かんだのが「斎場で自分で記帳するのか」ということだったのです。師匠の死を悼むよりも、記帳を気にする自分がいたのです。それからは葬儀までずっと記帳のことが頭から離れません。震えてしまうシーンが再生され続けました。

 葬儀はどうにか乗り切ることはできましたが、葬儀が終わった電車の中で、このままでは心が病んでしまうと感じました。と同時に、バイクの免許取得や自動車の買い替えも、書くことが嫌で、先送りしている自分に嫌気がさしました。当時、私は親の介護や認知症に関する著書を出版するなど、仕事の幅が少しずつ広がっている時期でもありました。それだけに余計なストレスを抱えたくない気持ちも強くなっていました。

心因性の病気ではなかった

 「手の震えの治し方を探ろう」と、ネットで検索すると、どうやら自分はジストニアや本態性振戦といった脳の病気であることに、ようやく

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