2020年03月19日
「二つに引き裂かれた今の気持ちを言葉にするのは、難しいことです。自分の中の半分は、過去何週間もの努力が、このような形で突然終わりを告げてしまったことにショックを受けて、失望しています。でも同時にもう半分は、もっと重要なことが優先されなくてはならないのを理解して、その判断を尊重しています」
2019年世界フィギュアスケート選手権銅メダリスト、アメリカのヴィンセント・ジョーは自分のツイッターを通してこうメッセージを発した。
北米東海岸現地時間の2020年3月11日午後3時半、カナダのケベック州政府は3月17日からモントリオールで開催される予定だった世界選手権の中止を発表したのだった。WHO(世界保健機関)が新型コロナウイルスの世界的パンデミック宣言をした、数時間後のことだった。
予測されていたことだったとはいえ、やはり実際に発表になったときに関係者たちが受けた衝撃は、少なくなかった。だが選手、関係者、そして集まる予定だった観客たちの安全を考えると、当然の処置だったといえる。
このヴィンセント・ジョーの言葉は、おそらくすべてのファンと関係者たちの気持ちを代表しているのではないだろうか。
そのわずか数日前、筆者はエストニアのタリンで世界ジュニア選手権の取材をしていた。
現地に来ていた関係者たちのもっぱらの話題は、モントリオール世界選手権が無事に開催されるのかどうか、ということだった。
開催されても、日本、中国、韓国の選手たちはカナダに入国できるのだろうか。
「中国の選手のほとんどは、もうカナダに入っているそうです」と、ある国際スケート連盟(ISU)関係者は説明した。中国の選手の多くは、トロント郊外に在住するローリー・ニコルが振り付けを担当している。ニコルが普段振り付けをしているリンクにて、すでに調整に入っているとのことだった。
日本は羽生結弦、宮原知子はすでにカナダを拠点としているので問題なし。宇野昌磨はスイスからの入国なので、おそらく大丈夫だろう。紀平梨花と樋口新葉の状況は、どうなっているのだろうか。
だがそんな懸念も、中止のアナウンスでもはや不要なものになった。日本からはおよそ3000人のファンが来ると見積もられていたが、ISUは販売済みのすべてのチケットの払い戻しに応じることを発表した。
ちなみに筆者がエストニアからニューヨークの自宅に戻った3日後、トランプ米大統領が欧州からの渡航禁止令を出した。
世界選手権の開催が中止になったことは、過去に何度か例がある。第一次世界大戦中の1915年から21年まで、そして第二次世界大戦中の1940年から46年まで。さらに1961年には、米国選手団がプラハ世界選手権に向かうために搭乗した飛行機がベルギーで墜落し、急遽大会は中止となった。
もっとも記憶に新しいのは、2011年のことである。3月11日に日本を襲った東日本大震災のため、東京で予定されていた世界選手権が中止になったことだ。
もっともこれは中止ではなく、延期開催となった。ISUが急遽代替地を募り、4月の末、すでに暖かくなったモスクワで世界選手権が開催された。筆者も現地に赴いたが、通常は1年がかりで行われる開催準備を、わずか1カ月足らずでそつなく成し遂げたロシアの底力を、改めて見せつけられる思いだった。また選手たちがロビーで被災地へのメッセージを集めていた姿は、心に焼き付いている。
だが今回は世界的なパンデミックとあって、安全な土地はない。あったとしても、人々が集まった時点でそこはすでに安全ではなくなってしまう。
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