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美味しいから勧めたい!発酵食をめぐる旅ーその3

人生100年時代の旅の愉しみ【4】木曽に伝わる漬物の至宝「すんき」

沓掛博光 旅行ジャーナリスト

 長野県の木曽地方には、「すんき」と呼ばれる漬物がある。一般にはあまり知られていないが、300年以上の歴史を持ち、塩を使わぬ漬物として家々で継承されている。冬から早春にかけての無くてはならない保存食であり、食べ物なのだ。近年は科学的な解明も進み、数億個の乳酸菌を含んでいて体にいいことや、貝と同じうま味成分を持つこともわかり、その美味しさとあいまって、若い女性の間でも人気が高まっている。
 約160年前にパスツールが乳酸菌発酵の研究を本格的に始めた。そのはるか以前から作られている、乳酸菌を活用した木曽地方の“漬物の至宝”を紹介しよう。

“谷底の町”木曽福島 宿場の面影をたどる

拡大福島宿の面影を伝える旧中山道沿いの水場
 長野県木曽地方の「すんき」は、素材の木曽の赤カブと共に、静岡県西伊豆町の「しおかつお」と同じく、スローフードインターナショナル(本部・イタリア)の「味の箱舟」に2007年に登録された。

 木曽川が深い谷を作って流れる木曽町や上松町、その奥の御嶽山の麓の王滝村などで主に収穫される赤カブの葉と茎を使った植物性の乳酸菌発酵食品である。

 その中心である木曽町を訪ねた。鉄道の玄関口、中央線木曽福島駅で降りると、塩尻市出身の歌人太田水穂が歌った「山蒼く暮れて夜霧に灯をともす 木曽福島は谷底の町」の碑が立つ。

 当時と町の光景は異なっていても、木曽川の谷を挟んで山が迫り、“谷底の町”のたたずまいを実感する。

 木曽町は、江戸時代に中山道の福島宿として栄えた歴史を持つ。中山道69次のうち、江戸から数えて37番目。木曽十一宿のひとつである。かつての宿場町は昭和2(1927)年の大火でほとんどが焼失し、一部に卯建(うだつ)のあがる民家数軒が立ち、旅人ののどを潤した水場などと共に風情をわずかに残している。

拡大復元された関所門が立つ福島関の跡
 中心部から上流に足を向けると、立ちふさがる急な崖の上に、碓氷、箱根、新居と共に四大関所のひとつに数えられた福島関の跡がある。その隣が、島崎藤村の姉・園が嫁いだ高瀬家で、小説「家」のモデルにもなった旧家である。惜しくも大火で建物は焼失し、その後に建てられた蔵が、高瀬資料館として藤村の遺品や直筆の書などを展示している。

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筆者

沓掛博光

沓掛博光(くつかけ・ひろみつ) 旅行ジャーナリスト

1946年 東京生まれ。早稲田大学卒。旅行読売出版社で月刊誌「旅行読売」の企画・取材・執筆にたずさわり、国内外を巡る。1981年 には、「魅力のコートダジュール」で、フランス政府観光局よりフランス・ルポルタージュ賞受賞。情報版編集長、取締役編集部長兼月刊「旅行読売」編集長などを歴任し、2006年に退任。07年3月まで旅行読売出版社編集顧問。1996年より2016年2月までTBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」旅キャスター。16年4月よりTBSラジオ「コンシェルジュ沓掛博光の旅しま専科」パーソナリィティ―に就任。19年2月より東京FM「ブルーオーシャン」で「しなの旅」旅キャスター。著書に「観光福祉論」(ミネルヴァ書房)など

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