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緊急事態宣言で緊迫する妊娠している女性医師や看護師らの働き方

イギリス、ドイツ、オーストラリアから後れを取る日本のリスク管理

花木奈央 医師、社会健康医学博士

 政府の「緊急事態宣言」を受け、新型コロナウイルスとの闘いは新しいフェーズに入りました。そんなとき、一人の女性医師から悲痛なメールが届きました。緊急事態宣言の前の段階で救急医療の現場に運ばれてきた患者が後から感染者とわかるケースが起きていること、感染症科以外の一般の救急や他の診療科の医療従事者も緊張感・ストレスが高まっていること、そして妊娠している女性医師の治療現場への参加について海外ではルールが決められているものの日本には現時点(4月8日正午)でないこと。
 2000年代に入り、女性医師が増加し、もともと女性が多い看護師、介護福祉士らが活躍してきた医療や介護の現場は、コロナにどのように立ち向かえば良いのか。人手不足感が強まる中、みなさんと一緒に考えたいと思います。(「論座」編集部)

感染を疑っていなかった救急患者が入院後に「陽性」と判明

 私は非常勤の教員として大阪大学医学部で公衆衛生学の特任助教をしています。また、救急医として京都市内の病院に勤務すると同時に、NPO法人「EM Alliance」の理事として、救急医のネットワークづくりや学びの場を提供する活動を行っています。冒頭に、この文章は私の所属先の考えではなく、いち救急医としての考えであることを申し上げます。

 新型コロナウイルス感染症の拡大が続き、医師のみならず多くの医療従事者が日々困難な診療現場に立ち続けています。救急医療の現場では、常に疾患・外傷の区別なく患者さんが運ばれ、診療にあたっています。新型コロナウイルス感染症の診療においては、飛沫やエアロゾルに暴露されやすいハイリスクな現場でもあります。すでに、特に感染を疑っていなかった患者さんが、入院治療開始後に「陽性」と判明する事例もあり、すでに緊急事態宣言が出ている地域のみならず全国の医療現場で危機感が高まっていると感じています。

女性医師どうするイギリス・ロンドンの住宅街で新型コロナウイルス感染症の患者のために働いているNHSの医師、看護師、スタッフに住民から拍手が送られる=2020年4月2日、AP

 私の周りでも次のような声が聞こえてきます。

 「次の休日には実家に帰ろうと思っていたところ、家族から『うつされると困るから帰ってくるな』と言われた。自分もそう思うけど、家族から言われると悲しい……」

 「一人ひとりの対応にとても時間がかかるし、感染するのではないかと思う。いつまでこれが続くのか……」

 「一般病院でいいといわれたのに、かかりつけの医療機関では診療してもらえない発熱の患者さんが仕方なく救急外来を受診してくる。ただでさえ忙しい救急診療を圧迫している」

 今後さらに感染が拡大していくと、これまで新型コロナウイルスの患者の診療に従事していなかった病院や診療科の医療従事者も、感染した患者さんや疑われる患者さんの診療に従事する必要がでてきます。日常の診療とは異なる環境で、感染のリスクを伴う診療を行う必要があり、医療従事者に多くのストレスがかかることが懸念されます。

自分が休むと職場に負担をかけると思い欠勤言い出せず

 このような中、首都圏で救急医療に従事する友人の妊娠中の女性救急医から今後の勤務をどうしたらいいか悩んでいる、という声を聞きました。彼女は妊娠が分かったあと職場にそのことを伝えており、これまで感染が疑われる患者さんの診療は避けてきました。医療従事者としてこの危機的状況に貢献したい、という気持ちがある一方で、自分とおなかの中の赤ちゃんや家族を守ることができるのか、という不安な思いを抱えながら、友人は頻度を減らしつつ勤務を継続しています。

 友人の女性救急医と同様の不安を抱えながら、自分が休むと職場に負担をかけると思い欠勤を言い出せず仕事の現場に立ち続けている妊婦さんは、医師・看護師・介護職などの医療従事者のみならず社会機能を維持するための様々な現場に大勢いると思います。

 妊娠中の女性が感染した場合、体への影響や治療については通常の診療以上にわかっていないことが多くあり、妊娠中の女性だけでなく医療従事者も治療に苦慮することが考えられます。

 そもそも妊娠中は免疫状態が変化するため、新型コロナウイルス感染症に限らず肺炎に感染すると重症化するリスクが高まります。妊娠中の女性に対する影響は、妊娠後期(妊娠29週~39週)では感染したとしても経過や重症度は妊娠していない女性と変わらないとされていますが、わかっていないことがまだ多くあります。また、治療薬の候補とされている薬には、妊娠中の服用による胎児(赤ちゃん)への影響などの観点から妊婦への利用が禁忌とされているものもあります。

女性医師どうするスペイン・バルセロナ州バダロナにある図書館が、新型コロナウイルスの感染者を治療する「集中治療室」に変更され、患者を診る医療チームのスタッフたち=2020年4月1日、AP

感染するリスクの高い医療や介護の現場について厚労省要請に言及なし

 現状を踏まえて、日本生殖医学会は2020年4月1日、妊娠したあとの新型コロナウイルス感染症への対応に苦慮することが予想されること、受診や医療行為における新たな感染の発生も危惧されることから、不妊治療のなかで延期が可能なものについては延期を考慮するように、という声明を発表しました。
http://www.jsrm.or.jp/announce/187.pdf

 また、同じ日に厚生労働省からは、正規職員のみならずパートタイム労働者など多様な働きかたで働く人を含め、妊娠中の女性労働者への配慮がなされるよう、妊娠中の女性労働者が休みやすい環境の整備、感染リスクを減らす観点からテレワークや時差通勤の活用、従業員の集団感染の予防のための取り組みを実施について、協力するよう要請が出されました。

 ただ、これらに強制力はなく、協力しなかった際の罰則もありません。また一般労働者よりも感染するリスクの高い医療や介護の現場についての言及はありませんでした。(「職場における新型コロナウイルス感染症の拡大防止に向けた妊娠中の女性労働者等への配慮について要請」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10656.html

感染爆発している海外では妊婦の就労禁止をする国も

 日本よりも早いスピードで感染が拡大した海外ではどのような対応がとられているのでしょうか。
アメリカのニュース専門放送局CNBCは3月26日、アメリカやイギリス、シンガポールなどの状況を報告しています。
https://www.cnbc.com/2020/03/25/pregnant-doctors-dont-know-if-its-safe-to-treat-covid-19-patients.html

 そのほか海外在住の方からの情報などをまとめると、各国の対応は以下の通りとなっているようです。

イギリス

 どの週数であっても妊婦に対しては患者に直接接しない、電話対応などの代替業務について選択肢が提示されるべき、とされています。そのうえで、妊娠28週未満では新型コロナウイルス患者の診療を避けることができない場合、感染防御を行ったうえで従事するよう記載されています。

 一方、妊娠28週以上の妊婦や呼吸器疾患や心疾患などの基礎疾患があるすべての週数の妊婦にはより慎重な対応を求めており、患者に直接接する仕事を避けるべきとしています。
https://www.rcog.org.uk/globalassets/documents/guidelines/2020-03-30-occupational-health-advice-for-employers-and-pregnant-women-during-the-covid-19-pandemic.pdf

オーストラリアとニュージーランド

 両国の産婦人科学会によって、医療従事者や教師、保育士などの感染のリスクが高い職種に従事する妊婦を対象とした声明として、妊婦が自分の健康と胎児の保護に不安を感じているという事実に敏感になるよう雇用主に促し、リスクの低い職務、在宅勤務や休職への再配置を考慮すべきである、としています。
https://ranzcog.edu.au/news/covid-19-and-pregnant-health-care-workers

 実際は、州によって28週未満の妊婦では感染のリスクの高い仕事を避けるようにしたり、診療にあたるスタッフの優遇度をつけたりするよう勧告が出ているようです。

アメリカ

 医療機関により様々で、なるべくリスクの低い職場に移したり、呼吸器症状の患者の診察を控えたり、オンライン診療(telemedicine)対応を在宅でしていたりしています。ただ、感染者が多い地域では、妊娠しているスタッフにまで配慮する余裕がなく診療にあたっているようです。2020年4月6日時点では学会や国としての声明は確認できませんでした。

ドイツ(4月10日補足)

 妊娠週数に関わらず、妊婦の就労を禁止しているようです。

 現地の状況に詳しい知人から、「ドイツは妊娠初期の者も含め、妊娠週数に関わらず妊婦は全員出勤停止もしくは自宅待機となっている」との情報がありました。

 バーデンヴェルデンベルグ州のHPには「ヘルスケア部門で働く妊娠中の女性は、感染の可能性のある患者にかかわることは許可されておらず、新型コロナウイルスに感染した可能性のある患者にもあてはまります」と記載があり、同様の対応がノルトライン=ヴェストファーレン州でもなされているようです。

【バーデンヴェルデンベルグ州】
https://wm.baden-wuerttemberg.de/de/wirtschaft/informationen-zu-den-auswirkungen-des-coronavirus/
【ノルトライン=ヴェストファーレン州】
https://www.mags.nrw/sites/default/files/asset/document/20-03-25_arbeitsmedizinische_einschaetzung_coronavirus_nrw.pdf

オーストリア(4月10日補足)

 オーストラリアでは、感染予防のための防護マスクが妊娠中着用できないため、妊娠中の女性は新型コロナウイルスの患者さんと直接接する作業は許可されていないようです。

【オーストリア労働監督庁】
https://www.arbeitsinspektion.gv.at/Gesundheit_im_Betrieb/Gesundheit_im_Betrieb_1/Schwangere_Arbeitnehmerinnen.html

シンガポール

 第一線での診療を控えさせているようです。

女性医師どうするアメリカ・シアトルのイベントセンターに設けられた軍の臨時医療施設の集中治療室。ナースステーションでは女性も働いている=2020年4月5日、AP

何らかの指針や対応策を厚生労働省や学術団体が示して

 上記の通り、国や自治体として具体的な方針を示している国とそうでない国とでは対応が大きく異なります。実際の医療現場はすでに疲弊し始めており、どんな人手でも欲しいというのが実情だと思います。そのため、ある程度強制力のある方針を国や自治体から発しなければ、医療現場の妊娠女性の就労制限には至らないと思います。

 4月6日現在、日本では医療現場で働く妊娠女性の就労に関して、関係する団体から特に声明はだされていません。また、日本は諸外国と比べてオンライン診療が普及しておらず妊娠中の女性医師をその業務に従事させることで感染リスクを下げる方法は現実的ではなく、諸外国と同様のことを行うことは難しいでしょう。

 本来であれば、妊娠中の女性への配慮はガイドラインなどの有無にかかわらず各職場でなされることが望ましいと思いますが、日に日に忙しさを増す現場ではそこまで配慮することが難しいと思います。何らかの指針や対応策を厚生労働省や学術団体が示すことで、職場の責任者や同僚に対して妊娠中の医療従事者への判断や配慮を促したり、当事者が職場で相談をしやすくしたりする効果が期待できます。

 4月8日、新型コロナウイルス感染に関連し働く環境の改善を求める妊娠中の女性の要望が厚生労働省に提出されました。筆者は妊婦ではなく、常時救急医療の現場で診療をしているわけではありませんが、当事者の不安な気持ちの一端を理解する者として個人的に関連する団体に対し、何かしらのメッセージを出していただくよう依頼をしているところです。

妊娠中の女性とおなかの赤ちゃんの健康と安全のために対応望む

 新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、せきやたん・息苦しさなど感染者によくみられる呼吸器症状以外の症状で受診し、後日、「新型コロナウイルス感染症だった」と判明する事例が増えてきています。今後、すべての患者さんが感染していると考えて診療にあたる必要が出てくる可能性もあり、医療現場における感染のリスクが高まることが予想されます。

 この状況がいつまで続くかわからないなか、不安な状況で勤務を続けている人は、性別や職種に関係なくいるでしょう。すでに人手がぎりぎりの状態で勤務を続けていかなければいけないなか、妊娠中のスタッフを勤務から外すということは現場にさらに負担をかけてしまうことになるかと思いますが、妊娠中の女性とおなかの赤ちゃんの健康と安全のために対応がとられることを望みます。それが困難であっても彼女たちの中にはこのような不安を抱えていながら仕事をしている人がいることを一人でも多くの人に知っていただければと思います。