川本裕司(かわもと・ひろし) 朝日新聞記者
朝日新聞記者。1959年生まれ。81年入社。学芸部、社会部などを経て、2006年から放送、通信、新聞などメディアを担当する編集委員などを歴任。著書に『変容するNHK』『テレビが映し出した平成という時代』『ニューメディア「誤算」の構造』。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
厚労省クラスター対策班にカメラ、押谷東北大教授と西浦北大教授に密着取材
前例のない新型コロナウイルスに右往左往しているのは、国民だけでなくメディアも同じだ。専門家と称する人々の主張も錯綜し、事態がどこへ向かっているのかわからない。その中で、4月11日夜に放送されたNHKスペシャル「新型コロナウイルス 瀬戸際の攻防」は、検査が不十分という批判を受けながら死者が少ない日本の感染の実情を解き明かしてみせた。
「感染拡大阻止最前線からの報告」という副題どおり、東京・霞が関の厚生労働省クラスター対策班にカメラを入れた。他の新聞やテレビニュース番組に先駆けた現場からの報告だった。政府の専門家会議メンバーの押谷仁・東北大教授とクラスター対策班に加わる西浦博・北海道大教授のつぶやきや刻々と変わる表情を伝えた。
政府の新型コロナウイルス対策では、中国からの入国禁止の遅れやPCR検査数が少なく感染者の把握がしっかりされていないことに批判が出ていた。しかし、感染爆発を迎えた欧米各国に比べ、日本は死者が少ないまま推移している。検査が不十分で感染者数が抑えられているのは理解できても、日本での死者が少ない理由についてはっきりと説明した報道はこれまでお目にかからなかった。
今回のNスペでは、クラスター(感染者集団)が発生した案件について、それぞれ濃厚接触者の数や足取りをしらみつぶしにして対応していく作業を指示する押谷教授を追いかけていく。危機管理の専門家が「リスクについてまず大きく網をかけるのが定石」と指摘するのとは違い、人数をかけてクラスターに個別対応し拡大を防いでいる実態を描き出した。なるべく多く検査して感染者を発見し重症化を防ぐという海外の対策と異なり、クラスターつぶしで重症患者を出さないようにするという日本の対処の独自性を浮かび上がらせた。
役所の一室でのやり取りが中心だけに絵柄は地味。エキサイティングな場面はほとんどない。感情があふれ出す劇的な言葉が交わされるわけでもない。ただ、むしろもぐらたたきを重ねるような積み重ねが、ウイルスという見えない敵に対峙する最前線の実相なのでは、と徐々に感じるようになった。
押谷教授は、病院でPCR検査を増やすのは感染者を拡大させる恐れがあるとして否定的だった。同時に、社会経済生活をなるべく維持しながら感染拡大を阻止する道を選択したことを明らかにした。都市封鎖(ロックダウン)をした中国・武漢や欧米、匿名ながら感染者の移動記録という個人情報をネット上で公表する韓国とは違う手法で立ち向かっているわけだ。
全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
論座ではこんな記事も人気です。もう読みましたか?