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日本でコロナによる死者が少ない理由を解明したNスペ

厚労省クラスター対策班にカメラ、押谷東北大教授と西浦北大教授に密着取材

川本裕司 朝日新聞記者

押谷仁・東北大教授(左)と西浦博・北海道大教授

 前例のない新型コロナウイルスに右往左往しているのは、国民だけでなくメディアも同じだ。専門家と称する人々の主張も錯綜し、事態がどこへ向かっているのかわからない。その中で、4月11日夜に放送されたNHKスペシャル「新型コロナウイルス 瀬戸際の攻防」は、検査が不十分という批判を受けながら死者が少ない日本の感染の実情を解き明かしてみせた。

 「感染拡大阻止最前線からの報告」という副題どおり、東京・霞が関の厚生労働省クラスター対策班にカメラを入れた。他の新聞やテレビニュース番組に先駆けた現場からの報告だった。政府の専門家会議メンバーの押谷仁・東北大教授とクラスター対策班に加わる西浦博・北海道大教授のつぶやきや刻々と変わる表情を伝えた。

「クラスターつぶし」という日本独自の対処

 政府の新型コロナウイルス対策では、中国からの入国禁止の遅れやPCR検査数が少なく感染者の把握がしっかりされていないことに批判が出ていた。しかし、感染爆発を迎えた欧米各国に比べ、日本は死者が少ないまま推移している。検査が不十分で感染者数が抑えられているのは理解できても、日本での死者が少ない理由についてはっきりと説明した報道はこれまでお目にかからなかった。

 今回のNスペでは、クラスター(感染者集団)が発生した案件について、それぞれ濃厚接触者の数や足取りをしらみつぶしにして対応していく作業を指示する押谷教授を追いかけていく。危機管理の専門家が「リスクについてまず大きく網をかけるのが定石」と指摘するのとは違い、人数をかけてクラスターに個別対応し拡大を防いでいる実態を描き出した。なるべく多く検査して感染者を発見し重症化を防ぐという海外の対策と異なり、クラスターつぶしで重症患者を出さないようにするという日本の対処の独自性を浮かび上がらせた。

 役所の一室でのやり取りが中心だけに絵柄は地味。エキサイティングな場面はほとんどない。感情があふれ出す劇的な言葉が交わされるわけでもない。ただ、むしろもぐらたたきを重ねるような積み重ねが、ウイルスという見えない敵に対峙する最前線の実相なのでは、と徐々に感じるようになった。

 押谷教授は、病院でPCR検査を増やすのは感染者を拡大させる恐れがあるとして否定的だった。同時に、社会経済生活をなるべく維持しながら感染拡大を阻止する道を選択したことを明らかにした。都市封鎖(ロックダウン)をした中国・武漢や欧米、匿名ながら感染者の移動記録という個人情報をネット上で公表する韓国とは違う手法で立ち向かっているわけだ。

感染症の数理モデルが政府の政策にも影響

 安倍晋三首相が緊急事態宣言を出した7日の記者会見で「人と人との接触を最低7割、極力8割削減を」と呼びかけた論拠となったのは、西浦教授が手がける感染症での数理モデルだった。

 ドイツや英国で研究を重ねた西浦教授は、感染症での数理モデルについて「間違えば10万人の命が失われるかもしれない」という重い助言を受けたことを明らかにした。これまで日本の政策に本格的に導入されていない数理モデルについて、リスクと覚悟をもって取り組んでいる姿が伝わってきた。

 感染爆発した場合の最悪の未来について、押谷教授は「有名な企業が次々と倒産するかもしれない。新しい闇が待っている」という趣旨の発言をした。

 番組では国内での新型コロナウイルス感染の経緯だけでなく、現在地と訪れるかもしれない未来を、一定の説得力をもって伝えた。これまでは誰もが「先のことはまったくわからない」と言っている現状において、特筆すべき報道だった。情報番組などのコメンテーターの強い口調での警告や激論が空回りしているのではと思えるように、押谷教授と西浦教授は静かなたたずまいで落ち着いた口ぶりで言葉を発していた。

 今回のNスペを除けば、NHKも民放もニュース番組では感染者数の増加、政府や自治体の対策を報じることに力点を置いてきた。緊急事態宣言のあとは、人影がまばらになった繁華街の映像を流す点で変わりはない。12日夕の日本テレビ「真相報道バンキシャ!」で買い物客が詰めかけて行列ができた仲宿商店街(東京都板橋区)や戸越銀座商店街(同品川区)の様子を伝えたものなどを除けば、「売り上げが減って大変だ」という商店主の嘆きのオンパレードといっていい。

 今後、Nスペに望む続編は、国内での感染の推移と対策の追跡だ。さらに、欧米でこれほど死者が増えているのに中国を除けばアジアでは比較的少ないのはなぜか、ということの解明だ。また、日本でもお手本にすべきだという声が多いCDC(米疾病対策センター)がありながら、米国で最大の死者を出したのかという検証にも期待したい。

 Nスペ「新型コロナウイルス 瀬戸際の攻防」は、NHK総合で16日午前0時50分から再放送される。