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「万葉集」学者がたどる生と死をめぐる心性の歴史

老いた母を7年のあいだ介護して見送った息子が考えた死に関すること

上野誠 奈良大学文学部教授(万葉文化論)

 この春に上梓した本は、多くの人から、上野さんもそうだったのぉ、同感だぁ、という感想が寄せられている(『万葉学者、墓をしまい母を送る』講談社、2020年)。

拡大『万葉学者、墓をしまい母を送る』(講談社、2020年)
 私は、博多の小さな衣料品商の次男坊で、家のことは、兄貴に押し付けて、『万葉集』の研究で身を立てることができた。だから、家業のことをはじめ、父が死んで独り身となった母のことも、13歳上の兄に、任せっきりだった。ところが、どっこいである。その兄貴が肺癌で死んでしまったのだ。

 兄が死んだ時、すでに母は入退院を繰り返す体となっていた。兄のお葬式が終わって、ほっとして、母の見舞いに行くと、いきなり病院の事務長から、
「一週間以内に、他の施設に移って下さい。三か月を過ぎての入院はできません」
と言われた。そこで、私はさまざまな施設に電話もし、訪問もするのだが、100人順番待ちをしておられますからとか、3年後には、などと断られてしまったのだ。

 いったい、どうすりゃ、いいのか――。

 ここから、悪戦苦闘の7年間を描いたのが、この本だ。もちろん、小さな小さな歴史だ。けれど、私はこれも、生と死をめぐる心性、すなわち心のあり方の歴史である、と思う。だから、これは介護のハウ・ツー本ではない。

人が死んでいく姿を見た1カ月半

 この本は、1972年の夏から始まる。その年の8月に祖父が息を引き取ったのだ。当時は、医者がその日が近いことを判断すると、患者を家に帰していたのである。

 理由は二つあって、病院で死なれると病院の評判が下がること。もう一つは、そのころは、家族で最期を看取(みと)ろうとしていたからである。私は、ここではじめて、人が死んでゆくという姿を1カ月半に渡って見ることになる。

 なかでも、鮮明に記憶が残っていることが二つある。

 一つは、大人たちの慌ただしい動きだ。

 まず、賄い。当時は、仮通夜、本通夜、告別式とあって、そのたびに参列者は、家で食事をした。しかも、その賄いはすべて、女衆といわれる親戚と近所の女性陣が担ったのである。女たちは、3日間で数百食の食事を作りつづけ、かつ洗い物をしていたのであった。

 男たちはといえば、葬式の段取りを決めるのであるが、これがグダグダとして、なかなか決まらない。喪主の意向に、親戚たちの牽制(けんせい)、お寺の都合の利害を調整するのが難しいのだ。とにかく、飲みながらグダグダとやるのである。

 では、そのグダグダ会議の結果はどうかというと、結論は出ないまま、時間がないから喪主さんの意向を尊重しようということで終わるのである。まったく、くだらない時間だと思うが、今、考えてみると、私はここに日本型民主主義の原点がある、と思う。

 とにかく、長い会議をして、皆に意見を言わせて、この問題がいかに難しい問題かを認識させる。ところが、会議ではけっして結論は出さないのである。では、どうするか。一応、時々の長や顔役の顔を立てて、結論を一任にする。長や顔役は、会議の大勢を見つつ、根回しをして、粛々と決める。これで一丁上がりだ。誰も責任を取らずに、なるべく反対の少ない案が、なんとなく決まって、粛々とことが進むのである。多数決などという野蛮なことはしないのだ。

拡大kazoka/shutterstock.com

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筆者

上野誠

上野誠(うえの・まこと) 奈良大学文学部教授(万葉文化論)

1960年、福岡生まれ。国学院大学大学院文学研究科博士課程満期退学。博士(文学)。奈良大学文学部教授。第12回日本民俗学会研究奨励賞、第15回上代文学会賞、第7回角川財団学芸賞、第20回奈良新聞文化賞、第12回立命館白川静記念東洋文字文化賞受賞。『古代日本の文芸空間』(雄山閣出版)、『魂の古代学――問いつづける折口信夫』(新潮選書)、『万葉挽歌のこころ――夢と死の古代学』(角川学芸出版)、『折口信夫的思考-越境する民俗学者-』(2018年、青土社)、『万葉文化論』(2018年、ミネルヴァ書房)など著書多数。万葉文化論の立場から、歴史学・民俗学・考古学などの研究を応用した『万葉集』の新しい読み方を提案。近年執筆したオペラの脚本も好評を博している。