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【34】リスク対応の損害保険だが地震保険への頼りすぎは注意

福和伸夫 名古屋大学減災連携研究センター長・教授

様々なリスクに備える損害保険

 新型コロナウイルスが蔓延する中、疾病や傷害を保証する保険や、海外旅行保険の支払い対象になるか、話題になっている。特定感染症危険補償特約の対象にした保険会社もある。

 一方、今年3月19日に、昨年発生した台風15号(令和元年房総半島台風)と19号(令和元年東日本台風)への各種損害保険の支払保険金(3月9日時点)が公表された。

 洪水や豪雨災害に対しては、火災保険で水災を補償する契約をしておく必要があるが、15号では約4,385億円が、19号では約5,490億円が支払われた。今後さらに増加すると思われるが、現時点でも、過去最大の支払保険金だった平成30年台風21号の約1兆678億円に次ぐ。地球温暖化のためか台風・豪雨災害に見舞われて、火災保険料の値上がりが続いている。

海上保険から始まった損害保険

 損害保険のルーツは海運にある。古代ギリシア時代には、嵐や海賊などでの海上輸送の損害を荷主と船主で負担していた。その後、十字軍の時代以降、「冒険貸借」と呼ぶ高利回りの金銭消費貸借制度が地中海周辺で定着した。

 さらに14世紀以降、イタリア北部で海上保険に近い形の制度が生まれた。有名なロイズは、1688年頃にエドワード・ロイドがロンドン・テムズ川河畔の船着場近くで開いたコーヒー・ハウスにちなんでいるそうだ。店に集まった海運業者、貿易商、海上保険業者が、海上保険の取引をしたことが始まりだと言う。

 日本では、1600年前後に、冒険貸借と同様な制度の「抛金」(なげかね、投金)が朱印船での南蛮貿易で用いられたのが始まりで、朱印船貿易が禁じられた後は、菱垣廻船や樽廻船等の国内海上定期輸送で「海上請負」と呼ぶ貨物保険制度が使われたようだ。

ペスト流行の翌年に起きたロンドン大火で生まれた火災保険

拡大ロンドン大火のモニュメント Shutterstock.com

 一方、火災保険が始まった契機は、1666年ロンドン大火である。西暦64年のローマ大火、1657年の江戸での明暦大火と並ぶ世界三大大火の一つである。

 前年の1665年には、ロンドン市民の1/4が命を落とすペストの大流行があったが、大火でペスト菌が死滅したのか終息した。感染症と保険の不思議な関わりを感じる。ロイズの海上保険が始まったのは、この火災保険の後である。ちなみに、ニュートンはペストを逃れて故郷に疎開し、万有引力の法則などの三大業績を残したそうだ。ある意味、災い転じて福となしたとも言える。

 日本の損害保険は、江戸末期に福沢諭吉が記した西洋旅行のガイドブック「西洋旅案内」で、災難請合として、生涯請合、火災請合、海上請合を紹介したことに始まる。

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筆者

福和伸夫

福和伸夫(ふくわ・のぶお) 名古屋大学減災連携研究センター長・教授

1957年に名古屋に生まれ、81年に名古屋大学大学院を修了した後、10年間、民間建設会社にて耐震研究に従事、その後、名古屋大学に異動し、工学部助教授、同先端技術共同研究センター教授、環境学研究科教授を経て、2012年より現職。建築耐震工学や地震工学に関する教育・研究の傍ら、減災活動を実践している。とくに、南海トラフ地震などの巨大災害の軽減のため、地域の産・官・学・民がホンキになり、その総力を結集することで災害を克服するよう、減災連携研究センターの設立、減災館の建設、あいち・なごや強靭化共創センターの創設などに力を注いでいる。

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