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対馬のカワウソ再発見は、広い意味での「ニホンカワウソの復活」だ

「世界カワウソの日」に考える野生動物保護と自然環境の未来

熊谷さとし カワウソ研究会共同代表

そもそも日本はカワウソ天国だった

 そもそも昔、日本はカワウソ天国であった。

 北海道にはエゾカワウソ(Lutra lutra whiteleyi 宗谷海峡を越えてサハリンから入り込んできたと考えられる)、本州・四国・九州にニホンカワウソ(Lutra lutra nippon 大陸と日本列島が繋がっていた120万年前に大陸からやってきて、日本列島に閉じ込められてしまった)が生息していた。そして、今回見つかったのが大陸から韓国経由で流れてきた「ツシマカワウソ」(Lutra lutra)だ。

 宗谷海峡は幅が30キロ程度しかなく、海流の流れも緩やかなため、サハリンから北海道まで泳いでくることは可能だ。あまり知られていないが、北海道でのカワウソの目撃談は結構多い。ほとんどがミンクの見間違いが多いけれど、信憑性がある報告例もある。

 1974年3月 旭川郊外釧路管内で目撃
 1978年7月 深川市内にで2頭保護され、すぐに放獣
 1989年6月 旭川市神居町 石狩川の神納橋付近でロードキル(交通事故)死体が発見される

 1989年の例は解剖の結果、ユーラシアカワウソ(Lutra lutra)の飼育個体だと結論づけられたが、飼育までの過程が謎だ。密売人のペット業者から手に入れたのか? はたまた野生を捕まえて飼っていたのかがわからないのだ。

 東南アジア産のコツメカワウソは、ネットを使えば一般人がペットとして入手できるが、ユーラシアカワウソとなると困難だ。そうなると、地元の誰かが密かに捕獲したものを飼育していた可能性もある。

拡大目撃された最後の個体となったニホンカワウソ=高知県須崎市で1979年5月、高橋誠一さん撮影
 ニホンカワウソは、乱獲と高度経済成長による生息地の攪乱と開発、農薬のせいで絶滅寸前となった。今もまだ、高知県と愛媛県の境周辺での目撃情報はあるものの、
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筆者

熊谷さとし

熊谷さとし(くまがい・さとし) カワウソ研究会共同代表

1954年、宮城県仙台市生まれ。日本野生動物観察指導員・自然保護運動図画工作執筆家。動物の専門学校、大学でメディア学の教鞭を取り、里山の動物観察会、講演会を開催するかたわら、30年間ニホンカワウソを追い続け、韓国、サハリン、カナダでフィールドワーク、現在は対馬で調査観察をしている。主な著書に『ニホンカワウソはつくづく運が悪かった!?』『身近に体験!日本の野生動物シリーズ』(偕成社)、『足跡学入門』(技術評論社)、『哺乳類のフィールドサイン観察ガイド』(文一総合出版)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです