メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

[41]生活保護のオンライン申請導入を急げ

相談者急増に伴う「福祉崩壊」を防ぐために

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授

「自営業で、収入がなくなり、家賃が払えない」
「2年位派遣で働いたが、契約期間中なのにコロナで仕事を切られた」
「派遣で滋賀県まで行ったが雇い止めにあった。3日後にアパートを退去しろと言われた」
「今春、大学を卒業したが就職できていない。収入がないので生活困窮している」
「この先、どう暮らして行けばよいか不安でいっぱい」

 これらの声は、貧困問題に取り組む法律家が中心となり、4月18日(土)と19日(日)に全国各地で実施された「いのちとくらしを守るなんでも相談会」(電話相談会)に寄せられた相談の一部である。

急速に拡大する国内の貧困、2日間で5000件の電話相談

 2日間で寄せられた相談の件数は計5009件(4月18日3007件、19日2002件)にのぼったが、実行委員会が確認したところ、電話での総アクセス数は延べ約42万件に達していたという。

 コロナ危機による経済的影響が長期化し、先行きが不透明な状態が続く中、国内の貧困も急速に拡大している。

 生活困窮者支援の現場では、かつてないほど多くの人が貧困に直面するという「もう一つの緊急事態」が広がっているのだ。

 国の貧困対策の司令塔である厚生労働省も手をこまねいているわけではない。

 2008~2009年のリーマンショックとそれに続く「派遣切り」問題を受け、厚労省は「第2のセーフティネット」と総称される様々な支援メニューを整備してきた。

 2013年には生活困窮者自立支援法が成立し、2015年度から各自治体の窓口で生活保護になる前の段階で生活困窮者を支援する体制が整備されてきた。

 その生活困窮者自立支援制度の中のメニューに、住居確保給付金という民間の賃貸住宅の家賃を補助する仕組みがある。

 住居確保給付金は、失業により仕事を失った人がハローワークに登録をして求職活動を行うことを条件に、一定期間、家賃を補助してもらえる制度である。そのため、対象者は「離職後2年以内」の人に限られていた。

 だが、今回のコロナ危機では、フリーランスや自営業で働く人たちが収入減少に見舞われている。また、飲食業や観光業などの業種では、失業はしていないものの給与が大幅カットになっている非正規労働者が少なくない。

 これらの人たちは、「離職」をしているわけではないので、従来の仕組みのままでは支援を受けられないという問題が発生してしまった。

住居確保給付金の制度は改正されたが…

 「このままでは、制度を使えない」という声が広がり、厚生労働省は4月20日から、離職はしていなくても収入が減った人も住居確保給付金を使えるように制度改正をした。状況の変化に応じて、制度を柔軟に変更したのである。

 しかし、これだけで問題は解決しなかった。失業者の再就職支援策として設計された住居確保給付金には、「ハローワークに登録をして、正社員として雇用されることをめざす」という要件もあったため、この要件を厳格に適用すると、フリーランスや自営業で働いてきた人は、事実上、これまでの自分の仕事を断念することを求められるということになってしまったのである。

 そのため、SNS上では収入減少に悩むフリーランスの音楽家らから、「これでは無理ゲーだ」(難易度が高すぎてクリアするのが無理なゲームのようなものだという意味)という声があがっていた。

 国は近年、「多様な働き方」を推奨し、従来の雇用関係に基づく就労だけでなく、フリーランスや起業といった新たな働き方を奨励してきたという経緯がある。その一方で、生活に困窮した際に活用できるセーフティネットについては、従来の正社員モデルに基づく働き方を事実上、強制するというのは、矛盾した政策であると私は考えた。

 4月16日(木)、反貧困ネットワークが呼びかけ、20以上の団体が集まって結成された「新型コロナ災害緊急アクション」が、貧困対策の強化をめざして、厚生労働省、文部科学省との交渉をおこなった。

 その場で、私は厚生労働省の住居確保給付金の担当者に対して、Twitter上で発せられていたフリーランスの声楽家の声を紹介しながら、住居確保給付金の再改正を求めた。

 自営業やフリーランスで誇りをもって働いてきた人たちに対して、正規雇用をめざして求職活動をしろと言うのは、今の仕事をやめろと言っているようなものであり、あまりに酷ではないか、と訴えたのである。

4月16日の厚生労働省交渉

 その場における担当者の返答は、「持ち帰って、検討する」というものであったが、後日、厚生労働省は4月30日からハローワークへの登録という要件を当面の間、外すと決定したと発表した。当事者の声が制度改正を促したのである。

厚労省が自治体に手続きの簡素化を求める事務連絡

 現在、各自治体の窓口において、住居確保給付金の相談件数が増加している。私も都内の複数の窓口の様子を見たが、「三密」に近い状態になっているところも見受けられる。

 そこで、5月7日、厚生労働省は各自治体に対して、住居確保給付金の申請手続きを簡素化することを求める事務連絡を発出した。その中には、「申請書の受付は、郵送等を原則とすること」や、「自治体等において可能な場合には、電子メール等による申請書の送付も認めること」という内容も盛り込まれている。

 この事務連絡は、オンライン申請を容認したものと言える。各自治体の体制が整えば、制度を利用したい人は、各自治体のホームページから申請書をダウンロードして、そこに必要事項を記入してメール添付で送付すればよい、ということになり、利便性は格段に向上する。

 さらに5月19日、厚生労働省は制度に関する問い合わせを受けるため、「住居確保給付金相談コールセンター」を設置すると発表した。

<住居確保給付金相談コールセンター>
0120-23-5572
受付時間:9:00~21:00(土日・祝日含む)

 このように、多くの人が家賃を滞納せざるを得ないという「もう一つの緊急事態」に対して、厚生労働省が住居確保給付金をフル活用しようとしていることは評価できる。

 だが、

・・・ログインして読む
(残り:約2160文字/本文:約4776文字)