牧 陽子(まき・ようこ) 上智大学准教授
東京大学大学院とパリ第一大学にて修士課程修了(政治学)。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。社会学博士。主著に『産める国フランスの子育て事情―出生率はなぜ高いのか』(明石書店、2008年)、『フランスの在宅保育政策―女性の就労と移民ケア労働者』(ミネルヴァ書房、2020年)など。
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
登校が再開されても、第二波第三波に備えて今すぐに準備すべきだ
コロナウイルスの感染拡大により日本で「休校」が始まって3カ月。4月中旬から、私立の学校や一部の公立ではオンラインで授業やホームルームを試みる動きがあるが、多くの公立小中学校は教科書と課題プリントを配るのみ。子どもたちは放って置きっぱなしの「教育放棄」、もしくはそれに近い状態が長く続いた。中国や韓国、欧米ではいち早く、オンライン等で教育が継続されたのに、日本では教育不在状態がなぜこれほど長く続いたのか。
私の専門は社会学であり教育学ではないが、フランスをフィールドに研究するものとして、また東京都内で小中学生3人の子を育てる親として、この間の日本の学校の対応を他国との比較から検証したい。
日本で長期間、教育が停滞した理由の一つは、文部科学省の対応の不十分さにある。学校「臨時休業」が首相の一存で突発的に始まったとはいえ、文科省が各教育委員会あてに出した2月末の通達には、教育を継続するという指示はなかった。教育に関しては「可能な限り家庭学習を適切に課するよう配慮すること」、授業時間を下回っても「進級・進学に不利益がないよう配慮すること」という指示のみである。年度末で教科の学習はほぼ終わっていたこともあり、多くの学校が応急処置的な課題を出しただけだったのではないだろうか。
文科省が使う「臨時休業」「家庭学習」や、マスコミが用いる「休校」という言葉にも一因がある。子供も大人も、そして教員さえも、学校は長い「休み」に入ったと受け止め、登校しなくても教育は続けるという考えが欠如していた。「家庭学習」とは復習の課題を出すことだと受けとめ、5月末時点で、まだ新学年の教科書の学習に入っていない学校もある。公立学校の多くは月に1回程度、課題のプリントを渡すのみで、長い学校では3カ月に至る、教育の空白期間が生まれた。
一方、この時期、日本と前後して感染が拡大した各国では、オンラインを中心に様々な方法を駆使して教育が続けられた。日本に先立ち休校が始まったIT先進国の中国では、文科省にあたる国の機関が「授業は止めても学びは止めない」というスローガンの下、オンライン教育を推奨し、教員が使用できるようコンテンツも提供した。学校閉鎖1週間後には、中国では授業のオンライン化がブームになったという(注1)。
韓国では新学期の開始を1カ月余り遅らせ、それまでの間、教育省と公共放送FBSが協力し、学年や科目ごとに、選ばれた教員がテレビを通じて授業を放送した。チャット機能で子供の質問を受け、その場で答える双方向性も確保した。こうした準備期間を経て、4月9日の新学期には、すべてオンラインで授業が始まった(注2)。
日本より遅れて感染が拡大したフランスでは、2月末には教育相が通達で学校閉鎖の場合の「教育の継続性」と「学校とのつながりの維持」を指示した。第一の選択肢としてオンラインによる教育継続を示し、ICT環境が整わない家庭に対しては、各学校で個別の対応をとることとした。教育・研修のための公的機関である国立通信教育センター(CNED)がまず4週間分のプログラム「おうち教室(Ma classe à la maison)」をオンラインで用意し、利用するかしないかは学校や教員に任された。
日本にも、中国や韓国、欧米のオンライン授業の様子はこの間、報道で伝わってはいたが、遠隔授業で教科書の学習を進めようという動きは、教育関係者全体に極めて鈍かった。文科省が用意した「子供の学び応援サイト」はしばらくの間、NHKの教育番組や教育産業が作った既存コンテンツへのリンクを貼っただけの「寄せ集め」で、教科書に沿って学習を進められるようなものではなかった。
(注1)Business insider誌ネット版、2020年3月9日記事
(注2)NHK News Web,「学校を失った子供たち “教育の危機”に世界はどう対応?」, 2020年4月28日