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「世間」と「社会」は違うのか――コロナ禍から考える日本社会論

排除と差別は、日本社会を成り立たせるために必要な要素なのかもしれない

吉岡友治 著述家

 コロナ禍はそろそろ終息ムードに向かっていると言われているようだ。知人も、この間2カ月ぶりに退院した。一時はICUに入って生死の境をさまよったのだから、まずはめでたい。

 とはいえ、自宅でもしばらく、もしかしたら一生酸素吸入が必要になるらしい。後遺症で、肺の機能が通常の半分以下になったので、日常の動きでも息が切れる。本来なら「障害者手帳」をもらう状況なのだが、現状では申請してももらえないと言う。なぜなら、呼吸器障害の認定では、血液検査と呼吸器検査の2つが必要になるのだが、コロナ感染を心配して、呼吸器学会が呼吸器検査の停止を決めたからだ。だから、申請に必要な重要なデータがそろわない。実際、知人は血液検査の方は問題ないので、認定には呼吸器検査が決め手になるのだが、障害者認定がされないだろうというのだ。

 しかも、もし今年中に認定が取れないと、年齢の点で障害者手帳はもらえても保障が低くなる。コロナで職を失い、障害まで負った彼はどう生活すればいいのか? 制度の狭間に陥って、何とも不都合な事態に陥っているのだ。疫病は収まっても、こういう社会的不都合が長く放置され、その矛盾はなかなか注目されず、結局、個人が苦しむという状況は、今まで何度も見てきている。

世間との齟齬

 酸素ボンベの設置に対しても、設置業者との間で一悶着あったらしい。

 彼はPCR検査では二回「陰性」になり、さらに、そこから三週間を経過したのだから、感染は心配しなくて良いはずだが、業者が感染を心配して、PCR検査で陰性になってから四週間たたないと対面できないという自主ルールを立て、対面での設置や説明を拒んだからだ。

 戸口にボンベを持って渡すだけで説明は後から電話でする。たしかに、医療業務で、感染を心配する気持ちは分からなくはない。だが、命に関わることなのに、ちょっと度が過ぎる。

拡大携帯用の酸素ボンベ
拡大据え置き型の酸素供給装置

 神戸新聞の記事に拠れば、日本人は「コロナにかかった人は天罰だ」とか「自業自得だ」という意見が他国の1%以下に比べて極端に多く、10%にものぼっているらしい。

 そういえば、2011年の東日本大震災のときも「地震が怒ったのは天罰だ」などという妄説を吐く有象無象が湧いて出た。しかも、問題なのは、こういう言説をリードしたのが、庶民レベルに限らず、小説家の石原慎太郎とか宗教学者の末木文美士などという著名人・学者だったことだ。いくら良い作品を書こうが深く学問をしようが、共感力や判断力はあまり進歩しないのかもしれない。ここまで来ると、日本人の薄情ぶりも相当なものである。

世間が何をしてくれたか?

 こういう状況に対して「日本人には社会がない。世間しかないからだ」とか「親切」に説明してくれる人もいる。身の回りだけ、顔見知りだけの範囲で安全でありたい、という気持ちがこういう差別的言動につながるのだ、と。しかし、日本で「世間」が重視されているのだとして、「世間」がそのメンバーに対して、何をしてくれるのか、「世間」にどういうメリットがあるのか、私にはさっぱり分からない。

 たとえば、1995年の時の阪神大震災の時、町内会は役に立たなかったというのは有名な話だ。町内会の会長などは高齢者が多く、地震発生直後には子どもの元に身を寄せるなどして、急遽不在になることが多かったからだ。代わって、復興を助けたのは全国から集まったボランティアなどの人々だった。彼らは、ネット上に行方不明者の名前を挙げ、その安否情報を流し続けた。見ず知らずの人々が住む街の復興にも、彼らは貢献した。地域コミュニティが復興したのは、そのずっと後だったと言われる。

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筆者

吉岡友治

吉岡友治(よしおか・ゆうじ) 著述家

東京大学文学部社会学科卒。シカゴ大学修士課程修了。演劇研究所演出スタッフを経て、代々木ゼミナール・駿台予備学校・大学などの講師をつとめる。現在はインターネット添削講座「vocabow小論術」校長。高校・大学・大学院・企業などで論文指導を行う。『社会人入試の小論文 思考のメソッドとまとめ方』『シカゴ・スタイルに学ぶ論理的に考え、書く技術』など著書多数。

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