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コロナで模索が始まった「新しい日常」のコンサート・演劇のかたち

公演や鑑賞の方法は時代によって変わる。これまでの形態とらわれない柔軟な対応が必要

鈴村裕輔 名城大学外国語学部准教授

 緊急事態宣言が全国で解除されたことで、日本における新型コロナウイルス感染症は、感染の拡大防止の段階から日常生活の段階的な復帰の過程に入った。

 企業や学校は、分散出社や分散登校といった形で、徐々にオンラインから職場や教室へと人の流れが戻っている。また、各地で飲食店や商業施設の再開や営業時間の延長が行われ、「これまでの生活」が一歩ずつ取り戻されているかのようだ。

 その一方で、緊急経済対策として実施された中小企業や個人事業主を対象とする持続化給付金や1人当たり10万円の定額給付金については、申請から支給までの手続きの煩雑さや支給に要する時間の長さが、依然として続いている。「新型コロナ対策の目玉政策」であった布マスクの全戸配布も、いまだ完了していない。

イベント再開に向けた動き

 5月25日に開催された第36回新型コロナウイルス感染症対策本部で、「イベント開催制限の段階的緩和の目安」が検討された。

 「新しい生活様式」に基づく行動が推奨され、主催者や出演者は「業種別ガイドライン」などに従うことや、参加者の連絡先把握、接触確認アプリケーションの周知といった項目が示されている。

 コンサートなどについては、「移行期間」と「移行期間後」の4つの段階に分けた対策が要請された。

【移行期間】
ステップ①(5月25日~)100人又は50%(屋外200人)
ステップ②(6月19日~ ステップ①から約3週間後)1000人又は50%
ステップ③(7月10日~ ステップ②から約3週間後)5000人又は50%
【移行期間後】
感染状況を見つつ、8月1日を目途ステップ③から約3週間後:50%

 また、5月26日には文化関係独立行政法人の長及び文化関係団体の長に対して、各種の催事の開催制限と施設の使用制限の段階的な移行の基準を示した「5月25日に決定された『新型インフルエンザ等緊急事態解除宣言』等について」が文化庁政策課長名で通知されている。

 公益社団法人全国公立文化施設協会も、5月25日付で「劇場、音楽堂等における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」の改訂版を公表、施設内や会場入口、ロビーや休憩スペースから楽屋、トイレまで適切な対策を例示するとともに、従業者に関する感染防止策や保健所の連携などが挙げられている。

 各種のイベントの再開に向けた動きは着実に行われている。

18percentgrey/shutterstock.com

「3密」や飛沫の散布を避けるために

 とはいえ、基準が定められたとしても、ただちに演劇や演奏会などが再開するわけではない。すでに6月から7月にかけての公演を中止にした団体も少なくないし、再開するためにも全体での練習が不可欠だ。

 イベントを行う際も、所定の基準に従って会場内が密接、密集、密閉とならないよう工夫する必要がある。発券済みの催事であれば、手持ちの入場券の座席の変更を購入者に依頼するか否か、実際に客席の配置をどのように変更するか、あるいは会場で入場券を交換する場合に行列ができないようにするためにはどうするか、といった点も課題となる。

 さらに、客席だけでなく舞台上も「3密」や飛沫の散布を避けなければならないから、公演の形態や舞台配置もこれまでの内容を改める必要がある。

 たとえばミュージカルの名作「ウエスト・サイド物語」で最期を迎えるマリアが、トニーの手を握る場面は「密接」、「密着」ということで演出を変えなければならないだろう。管弦楽と独唱に複数の合唱団を要し、規模の大きさから「千人の交響曲」とも呼ばれるグスタフ・マーラーの交響曲第8番は、「3密」の典型として演奏が難しくなるだろう。

 実際、7月からの演奏会の再開を予定している新日本フィルハーモニー交響楽団は、舞台での演奏者の対策を以下のように示している。

・ 弦楽器1.5メートル管楽器は2メートルを目安に間隔を拡げます。
・ 金管楽器の吹き出し口には不織布を装着します。
・ 管楽器の唾(水分)は使い捨ての吸水の良い紙や布(要洗浄)で処理します。
・ 奏者はマスク、ゴーグルを装着いたします。

 世界的なオーケストラとして知られるオランダのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団は、本拠地コンセルトヘボウの1階の客席を取り払い、演奏者が互いに1.75mの距離を保って演奏する様子を公開している。

 また、6月5日にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が約3カ月ぶりに公演を行ったものの、来場者は会場の定員の約5%に相当する100人に限定されていた。

 これらは、一見すると窮屈な措置のように思われる。しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大を防ぎつつ、イベントを再開させるためには避けて通ることのできない、新しい公演の「かたち」と言えるだろう。

 時代とともに変わった観劇の作法

 これまでとは随分と異なる形態だが、日常生活で「3密」が避けられなければならない以上、イベントも例外ではなく、ある意味当然といえる。ただ実は、現在われわれがこうだとと思っている公演の形態も、ずっと同じであったわけではない。

 たとえば演劇の公演中、客席で飲食することは基本的に禁じられている。また、公演中に座席の前を通れば、他の観客から顰蹙(ひんしゅく)を買うことだろう。

 だが、日本でも、奥村政信の『芝居狂言舞台顔見せ大浮絵』(1745)や鳥居清忠作とされる『仮名手本忠臣蔵七段目謀酔の段』(1749年頃)、あるいは歌川豊春の『芝居狂言舞台顔見せ大浮絵』(18-19世紀)などの浮世絵を見ると、客席での飲食は当たり前のように行われ、物売りも歩き回っている様子が分かる。

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