「反貧困犬猫部」と「ボブハウス」
2020年06月24日
6月15日、世界で最も有名な猫がロンドンで亡くなった。その死は、BBCやCNN等、世界各国のニュースで報じられた。
猫の名は、ボブ。飼い主で作家のジェイムズ・ボウエンさんによると、ボブは「少なくとも14歳」だったという。
ボブが有名になったのは、2012年、ボウエンさんの自身の経験を綴った著書『ボブという名のストリート・キャット』がベストセラーになったのがきっかけだった。
2016年には、『ボブという名の猫』として映画化され、ボブ自身も映画に出演した。
薬物依存症に苦しみ、20代で路上生活におくっていたボウエンさんが茶トラの野良猫と出会ったのは、2007年。
「ボブ」と名づけられた猫は、ボウエンさんに「毎朝起き上がる理由」を与えてくれたという。
路上生活者の仕事をつくる雑誌「ビッグイシュー」を販売したり、路上でギターの弾き語りをしたりして生計を立てていたボウエンさんは、どこにでもボブを連れて行くようになった。
やがて、ボブがボウエンさんとハイタッチをする姿が話題になり、取材が殺到。ボブとボウエンさんのコンビは人気者になっていった。
ボウエンさんはフェイスブックで、ボブが薬物依存症からの回復を助けてくれたと感謝している。
「ボブは相棒でいてくれた以上に、はるかにたくさんのものを僕にくれた。ボブがそばにいてくれたおかげで、自分が見失っていた方向性や目的を再発見できた」
「ボブは本当に大勢の人に会って、何百万人もの人と心を通わせた。ボブみたいな猫は今までいなかったし、これからもいないでしょう。人生の光が消えたような気持ちです。ボブのことは決して忘れません」
ボブは、「ビッグイシュー日本版」を含む各国の「ビッグイシュー」の表紙を何度も飾った。ボブが表紙に登場する号は、ハリウッドの有名俳優が表紙に出る号に負けず劣らず、売れ行きが良いことで知られていた。
結果的にボブは、世界各国で「ビッグイシュー」を販売する路上生活者の生計を支えていたのである。
「ビッグイシュー日本版」でもボブが表紙に載る号(通称、「ボブ号」)は人気で、過去に4度、表紙を飾っている。
4号のうち、2回目以降は12月~1月に発行されているが、そこには「ボブ号」で販売者の収入を増やして、冬の寒い時期、路上ではない場所で過ごしてもらいたいという編集部の意図があったのではないかと私は推察している。
「ビッグイシュー日本版」は6月17日、Twitterの公式アカウントで、「ボブ号」を並べた写真とともに、以下のようにボブへの感謝の言葉を発信した。
“ビッグイシューの販売者を支えてくれたストリートキャット「ボブ」が、6月15日に天国へ向かいました。英国の販売者James Bowenさんがボブとの経験を記した著書・映画は世界中で人気を博し、ボブは一躍ビッグイシューの立役者に。日本にも来てくれてありがとう。これからも、ボブは私たちの心にいます。”
余談だが、今年の1月、ビッグイシュー販売者とともに行った書き初め大会で、私は「ボブ、偉大」という文字を書いた。
私は過去26年間、ホームレスの人たちを支援する活動に取り組んできたが、冗談ではなく、自分が行ってきたことはボブの足元にも及ばないな、と常々感じていたからである。
同時に私が気になるのは、もし路上生活の青年と野良猫が出会ったのが日本だったら、このようなストーリーが成り立っただろうか、という点である。
詳しくは映画『ボブという名の猫』をご覧いただきたいが、ボウエンさんがボブと一緒に暮らすことができたのは、彼が「ハウジングファースト」型のホームレス支援策を利用できたからである。
「ハウジングファースト」とは、住まいを失った生活困窮者に無条件で住宅を提供する支援の手法で、これにより当初、薬物依存から抜け切れていなかったボウエンさんも、ボブと共に暮らせる住まいを手に入れることができた。
もし彼が東京で路上生活をしていたら、猫と一緒に暮らすことはできなかったであろう、と私は思う。
東京では「ハウジングファースト」ではなく、「施設ファースト」型の支援がほとんどなので、行政の窓口で相談をした際に、猫と暮らすことはあきらめてくださいと説得されるからだ。
また、彼が私たちのような「ハウジングファースト」型の支援を実践しているNPOと出会えたとしても、ロンドンとは違い、東京ではペット可の賃貸住宅が少ないので、私たちとしても対応に苦慮してしまっていただろう。
実は今、このことが私たちの前に大きな課題となって、立ちはだかっている。
コロナ禍の影響で、犬や猫といったペットとともに住まいを失う人が増えつつあるからだ。
今年3月、コロナ禍による貧困拡大を踏まえ、首都圏の30以上の団体が集まり、「新型コロナ災害緊急アクション」というネットワークが結成された。
私が代表を務めている「つくろい東京ファンド」も、この「緊急アクション」の活動に参加して、主に住まいを失った生活困窮者への緊急支援に取り組んでいる。
今回の経済危機の特徴として、これまで生活に困窮したことのない「中所得者」以上の層の人がコロナの影響で収入が激減し、家賃を滞納したり、住居を喪失したりするという事態が生じているという問題がある。その中には、家族同然に一緒に暮らしてきた犬や猫とともに生活に困窮している人も少なくない。
「所持金がなく、住むところも、家賃未払いで追い出されて。飼ってる18歳の高齢小型犬がいるため、ホテルもネカフェも泊まれません。仕事も細々とやってはいるのですが、お金が受け取れるのが、来月半ば以降で困ってます。私も犬も、昨日から食べてません。犬でも食べられる食料頂けたら、助かります」。
瀬戸さんが、愛犬から拝借したペットフードを持って駆けつけると、高齢の小型犬を抱えた女性がいた。4月中旬から野宿生活になっているという。
当面の宿泊費と生活費を渡し、作家の雨宮処凛さんも協力して、ペットとともに宿泊できるホテルに宿泊してもらうことになったが、ホテルからは高額の宿泊費を請求されてしまったという。また、その後、犬の体調が悪化したため、治療代もかかってしまった。
今後も同様のケースが出てくることが予想されたため、雨宮処凛さんの呼びかけで、ペットを連れて路頭に迷う人を支援するため、「反貧困犬猫部」が結成された。私も「部員」の一員に加えてもらっている。
「反貧困犬猫部」では、フード代や宿泊費、病院代等に活用する寄付金を募集している。ぜひご協力をお願いしたい。
小さな命を守るため お力をお貸しください〜「反貧困犬猫部」を立ち上げました
「反貧困犬猫部」ができたことによって、ペットと共に住まいを失った人への金銭面の支援を充実させることが可能になった。
しかし、一番の課題は宿泊場所である。
先ほどの女性は、「つくろい東京ファンド」が期間限定で借り上げているシェアハウスの中に、一軒だけペットOKのところがあったので、そこに移ってもらうことになったが、恒久的に活用できる「ペット可シェルター」を整備する必要があると私は考えるようになった。
「つくろい東京ファンド」では、コロナ禍以前から民間の空き家・空き室を借り上げた個室シェルターや支援住宅の整備に努めてきた。今年3月初旬の時点では都内で25室を借り上げていたが、コロナ禍により住まいを失う人が急増しかねない事態を受けて、この3カ月間で新たに19室を借り上げた。
しかし、都内でペット可の賃貸物件を借りるのは、費用がかかり過ぎるため、手を出せないできた経緯がある。
ボブの訃報が流れた翌日、私は都内でペット可シェルターをつくることを決意した。
多くの路上生活者を支えてきたボブを追悼する行為として、それが最もふさわしいと感じたからである。
読者の中には、住まいを失った人が「犬や猫と一緒に暮らしたい」と言うのを「ぜいたくだ」と感じられる方もいるかもしれない。
だが、いろんなものを失う経験をしたからこそ、絶対に失いたくない存在があるのではないだろうか。
私自身、つれあいと保護猫2匹の「4人(2人と2匹)家族」で暮らしているので、そう感じるのかもしれないが、ぜひご理解いただければと願っている。
物件探しはこれからだが、ペット可シェルターの名前は「ボブハウス」とするつもりだ。
「ボブハウス」を含めたシェルター増設のための寄付キャンペーンを6月末まで継続しています。応援をお願いいたします。
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