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東京23区は「ニュース砂漠」~大都市圏に広がる「取材空白地帯」

メディアが抱え込む「中央目線」取材体制の弊害

高田昌幸 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト

小池知事は知っていても区長は知らない

 インターネットメディアの隆盛によって、米国では多くの地方紙が消え、「ニュース砂漠」があちこちに生まれている。地方行政の腐敗や不公正に対するチェック機能が薄くなり、住民に必須の情報も届かなくなっているという。

 同じ観点で言えば、東京23区という「地方」はもともとニュース砂漠だったのだ。小池百合子知事の名前と顔は知っていても、自分の住む区のトップについては顔も名前も知らないという区民は相当いるはずだ。

 「地方」とは、地理的な概念のみを指しているのではない。自らの足元に目を向けないならば、メディアにとっては、千代田区も世田谷区も「地方」である。

拡大CAPTAINHOOK/Shutterstock.com

 半世紀以上もの長い年月をかけて、日本の報道界では新聞が”報道文化”を築き上げてきた。「中央目線」を主流の価値観として定着させたのも、その結果、取材を中央に偏在させてきた新聞である。

 地方のニュースを地方枠(新聞の都内版を含む)に押し込めていく「中央目線」は、ニュース砂漠と裏表の関係にある。全国に共通する問題を地方支局の記者が発掘し、本社に記事を送ったとしても、最終的には東京での取材勤務に長けた東京本社のデスクや編集者がその価値を判断する。「地方の出来事だから地方の問題だろ」という発想が企業内にはびこっていても不思議ではないし、実例にも事欠かない。

 例えば、東京電力福島第一原子力発電所の事故をめぐっては事故後、「マスコミは事故前に原発問題を素通りしていた」という批判が渦巻いた。これは半分正しく、半分は間違っている。

 佐賀県の玄海原発でプルサーマル導入が大問題となった2000年代後半、佐賀新聞はこの問題を大きく取り上げ、連載記事や一般記事で安全性に疑問を投げかけていた。静岡新聞は、長期連載「浜岡原発の選択」(2008~09年)などを通じ、地震と原発、地震と地域行政といった問題に鋭く切り込んでいた。原発銀座を抱える福井新聞、核燃料サイクル施設を注視し続ける東奥日報(青森県)なども同様である。

 他方、全国紙はこれらの原発問題を「地域問題だ」と判断したのか、記事を県版・地方版に押し込める傾向が強く、各原発の問題を恒常的に全国ニュースとして発信していなかった。原発に限らない。東京の老舗デパートが閉店すれば全国枠のニュースになり、地方の百貨店は破綻してもなかなか全国ニュースにならない。そんな傾向は多くの市民も実感しているのではないか。

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筆者

高田昌幸

高田昌幸(たかだ・まさゆき) 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト

1960年生まれ。ジャーナリスト。東京都市大学メディア情報学部教授(ジャーナリズム論/調査報道論)。北海道新聞記者時代の2004年、北海道警察裏金問題の取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。著書・編著に『真実 新聞が警察に跪いた日』『権力VS調査報道』『権力に迫る調査報道』『メディアの罠 権力に加担する新聞・テレビの深層』など。2019年4月より報道倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会の委員を務める。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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