海洋放出の是非を考えるのに欠かせない「トリチウム水」への理解
ALPS処理は有効なのか、発表データは正しいのか、様々な疑念が生じやすい「水」
小山良太 福島大学食農学類教授
2.ALPS処理水の処分問題
現在、東京電力福島第一原発の廃炉過程において、この処理水を貯めるタンクが増え続けている。
このような状況に対し、「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」は最終報告書を公表した(2020年2月10日)。これによると、処理水の量は、2019年10月31日時点で合計約117万m³となっており、トリチウムの量、濃度はそれぞれ、約856兆ベクレル(Bq)、平均約73万Bq/Lとなっている。
ALPS処理水等を保管するタンクは、2020年末までに約137万m³までの増設を行う計画であるが、東京電力の説明では2022年夏頃にはタンクが満杯になる見通しであり、現行計画以上のタンク増設の余地は限定的であるとされている。
小委員会に先立って処分方法を検討した経産省の作業部会「トリチウム水タスクフォース」(2013年12月-2016年6月)では、地層注入、水素放出、地下埋設、水蒸気放出、海洋放出の5つの処分方法が検討され、その後に設置された「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」(2016年11月-2020年2月)において、それぞれの方法について処分を行った場合の社会的影響(風評被害や経済的損失など)を検討してきた。(経済産業省「福島第一原子力発電所における汚染水対策」参照)

出典:経済産業省「福島第一原子力発電所における汚染水対策」
小委員会の結論は「地層注入、水素放出、地下埋設については、規制的、技術的、時間的な観点から現実的な選択肢としては課題が多く、技術的には、実績のある水蒸気放出及び海洋放出が現実的な選択肢である」というものである。
ただし、次のような留意点を指摘している。
社会的な影響は心理的な消費行動等によるところが大きいことから、社会的な影響の観点で処分方法の優劣を比較することは難しいと考えられる。しかしながら、特段の対策を行わない場合には、これまでの説明・公聴会や海外の反応をみれば、海洋放出について、社会的影響は特に大きくなると考えられ、また、同じく環境に放出する水蒸気放出を選択した場合にも相応の懸念が生じると予測されるため、社会的影響は生じると考えられる。
つまり、海洋放出と水蒸気放出は、社会的影響は大きいものの、現実的な対応として「5つの処分方法」の中から選択肢を選ぶとしたら、日本国内やスリーマイルで過去実績のある2つの処分方法を選択せざるを得ない、という結論であったと私は考えている。
トリチウム水タスクフォースが処分方法を検討した2013年当時、増加する汚染水と貯蔵するタンクの増設が追い付かず、緊急を要していた。米国で実績のあるモルタル固化を含む陸上保管には事故後除染された敷地が少ないという問題があり、タンクの大型化は当時完成したタンクを船で搬入し設置する方法をとっていたため、検討できない状況であったと考えられる。そのため処分方法にはこれらが含まれず、タスクフォースは地層注入、水素放出、地下埋設、水蒸気放出、海洋放出という5つの方法に評価対象を絞った。
その後、凍土壁、遮水壁やくみ上げ井戸による原子炉内への地下水の流入が抑えられたため、当初の緊急性は薄れていった。2016年から始まった小委員会内では、陸上保管の継続と敷地の確保(拡張)、タンクの増設、タンクの大型化、トリチウム分離技術の検討なども行われることとなったが、先ほどの用語を繰り返すと、「規制的、技術的、時間的な観点から現実的な選択肢としては課題が多」いという説明であった。
また、そもそも小委員会の目的がトリチウム水タスクフォースで定めた5つの処分方法がなされた場合の社会的影響を比較分析することであり、タスクフォースの結論を超えて新たな方法を探ることではないということであった。
限定された5つの処分方法から現実的な解を決めるとすれば、日本国内で過去実績がある海洋放出が最も技術的なリスクも少なく費用的にも最小になるという結論は、委員会の初回から想定できた。
海洋に放出するとなれば、海は世界と繋がっており、諸外国の反応や漁業、観光など様々な産業への影響も考えると社会的な影響は最も大きい。委員会の主目的とは異なるものの、陸上保管も含む他の方法も検討対象としたことは、委員長や事務局の誠意だったと思う。しかし結論は、トリチウム水タスクフォースの定めた5つの処分方法から2つを選ぶということになったのである。