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海洋放出の是非を考えるのに欠かせない「トリチウム水」への理解

ALPS処理は有効なのか、発表データは正しいのか、様々な疑念が生じやすい「水」

小山良太 福島大学食農学類教授

3.ふたつの処分方法

 水蒸気放出は、アメリカのスリーマイル島原発事故(1979年)の廃炉の際に、処分量は異なるが、事故炉で放射性物質を含む水蒸気の放出が行われた前例があることや、通常炉でも、放出管理の基準値の設定はないものの、換気を行う際に管理された形で、放射性物質を含んだ水蒸気の放出を行っていることを挙げている。

 注意点としては、①液体放射性廃棄物の処分を目的とし、液体の状態から気体の状態に蒸発させ、水蒸気放出を行った例は国内にはないこと、②水蒸気放出では、ALPS処理水に含まれるいくつかの核種は放出されず乾固して残ることが予想され、環境に放出する核種を減らせるが、残渣(ざんさ)が放射性廃棄物となり残ること、を指摘している。

 一方、海洋放出は、「通常運転中」の国内外の原子力施設において、トリチウムを含む液体放射性廃棄物が冷却用の海水等により希釈され、海洋等へ放出されており、これまでの通常炉で行われてきているという実績や放出設備の取扱いの容易さ、モニタリングのあり方も含めて、水蒸気放出に比べると、確実に実施できると報告書には記載されている。

 注意点としては、排水量とトリチウム放出量の量的な関係は、福島第一原発の事故前と同等にはならないと指摘している。つまり、今回の放出量は、前述した現在貯蔵されているタンク内のトリチウムの量、約856兆ベクレル(Bq)から考えると事故前よりも相当大きくなる。事故前の福島第一原発のトリチウムの排出量は年間2.2兆ベクレルであったことから、856兆ベクレルという総量を処分するには同じ総量だと389年かかることになってしまうのである。

 これら2つの処分方法をとった場合の、風評被害対策の方向性について、報告書では、「水蒸気放出及び海洋放出のいずれも基準を満たした形で安全に実施可能であるが、ALPS処理水を処分した場合に全ての人々の不安が払しょくされていない状況下では、ALPS処理水の処分により、現在も続いている既存の風評への影響が上乗せされると考えられる。このため、処分を行う際には、福島県及び近隣県の産業が、安心して事業を継続することができるよう、風評被害を生じさせないという決意の下に、徹底的に風評被害への対策を講じるべきである」としている。

 具体的な対策については、処分方法、処分時期、処分期間が定まった後、予算等と相談の上で政府が責任を持って決定するというものであるため、現段階で「新たな」対策を提示することはしていない。

 現行の風評対策の延長や追加的措置は想定できるが、実際に処分された場合、その前の国民的議論の広がりや方向性、諸外国の反応によっては、対策の内容は大きく変わる可能性もある。この点も現地の関係者や自治体の大きな不安点となっているのではないかと思われる。

拡大トリチウム水に関する報告書が説明された福島県漁連の組合長会議。国が5案を説明し、県漁連は反発した=2016年5月31日、いわき市中央台

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筆者

小山良太

小山良太(こやま・りょうた) 福島大学食農学類教授

1974年、東京都生まれ。1997年・北海道大学農学部卒、2002年・北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。同年、博士(農学)学位取得。2005年より福島大学経済経営学類准教授。2014年同教授。2019年同食農学類教授、現在に至る。福島県地域漁業復興協議会委員、多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会委員、日本協同組合学会副会長、日本学術会議連携会員。専門は農業経済学、地域政策論、協同組合学。主な著書、『福島に農林漁業をとり戻す』みすず書房2015年、『放射能汚染から食と農の再生を』家の光協会2012年など。