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「賭けマージャン」問題 まず事実を明らかに 

問題の核心は記者が「誰を向いて、誰のために取材しているのか」という問いかけだ

外岡秀俊 ジャーナリスト、北大公共政策大学院(HOPS)公共政策学研究センター上席研究員

「説明責任」を果たしていない朝日新聞の文章

 今回の朝日新聞の文章は、約1か月の間に読者から約860件の電話やメールで意見が寄せられ、とりわけ多くが「権力との癒着」を批判するものだったと報告した。報道の公正性や独立性に疑念を生じさせたことをおわびし、記者行動基準の見直しを宣言した。

 だが、社員の「不適切な行為」のどの点を、なぜ問題だと判断したのか、これでは読者も判断しようがない。その点が不明なままでは、「報道倫理」の再点検という宣言も説得力を失うだろう。

 私はこの文章の筆者が、取材においては公正、社内の実務についても廉潔で、理非曲直をうやむやにしない人だと知っている。それだけに、朝日新聞社全体に、あえて厳しい指摘をしておきたい。日ごろ、政府や企業、スポーツ団体の「不適切」な行為に対し、あれほど「説明責任」を問う新聞社が、自らが巻き込まれた際に率先して責務を果たさないのなら、読者の信頼はつなぎとめられない、と。

拡大賭けマージャンの責任をとって辞任した東京高検の黒川弘務検事長=2020年5月21日、東京都目黒区

必要な「肉薄」と許されない「肉薄」

 今回の問題の本質は、何なのだろう。産経新聞も朝日新聞も、「権力の監視」には、取材先に「肉薄」することが欠かせない、という点では一致する。だが、産経は、その方法が社会的・法的に許されない場合は認められない、という。朝日は「批判の対象になり得る取材先との緊張感を失えば、なれ合いや癒着が疑われます。今回の問題は、報道機関の一員としてそこが問われました」という。取材に「肉薄」することは必要だが、それが「癒着」になってはならない、という考えだ。

 私個人は、現役の記者当時、取材先とマージャンやゴルフをしたことがない。それは単純に両方ともできないからだ。だが飲食をともにしたことは数多いし、もし碁や将棋ができれば、取材先と打ったり指したりしたかもしれない。

 「許されない肉薄」とは、産経新聞がいうように、「社会的・法的に許容できない」一線を超える場合だろう。これほど長期にわたって頻繁に賭けマージャンをする行為は、刑法の常習賭博罪に当たる可能性があり、検察であれば法務省の検察官適格審査会に付せられるケースだろう。「起訴便宜主義」で検察に裁量の余地を与えられる日本の場合は、そえゆえに「身内に厳しく」という声が出てもおかしくはない。しかも、政府や新聞社が「3密」を避け、外出を自粛するよう呼びかけているさなかだ。

 だが仮に、これが取材目的の会合だったら、その「密談」は「不要不急」や「3密」に反する、として指弾されていたろうか。たぶん、そんなことはないだろう。国会を揺るがす渦中の人物なら、社会が緊急時にあっても、取材対象者に「肉薄」する、というのが取材の原則といえるからだ。たぶん、読者の多くも、それが読者の「知る権利」を満たすものなら、その必要性を認めてくださるだろう。

 だが現実には、朝日新聞に多くの批判の声が寄せられたように、読者の多くは今回明るみに出た取材者と取材対象との関係に「不健全な癒着」「なれ合い」を感じ取った。私は、その読者の嗅覚に、メディアが鈍感であってはならないと強く感じている。

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筆者

外岡秀俊

外岡秀俊(そとおか・ひでとし) ジャーナリスト、北大公共政策大学院(HOPS)公共政策学研究センター上席研究員

1953年札幌生まれ。1977年朝日新聞に入社。2011年に早期退職、現在は札幌を拠点とするフリージャーナリスト。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです