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【36】感染症と自然災害が織りなす世界の歴史

福和伸夫 名古屋大学減災連携研究センター長・教授

 感染症拡大で巣ごもり生活が続く中、世界や日本の歴史と、感染症や様々な災害の発生との関係を年表にしてみた。

 調べた災害は、地震、火山、風災、水災、旱災、火災、疫病、飢饉、兵革などである。全体の抜粋版を一枚の図にしたものが下の年表だ。出来事の欄の黒字が日本、緑字が世界の出来事である。地震の欄の緑字は南海トラフ沿いの地震、青字は相模トラフ沿いの地震、紫字は世界の地震、赤字は地学的トピックである。その他の災害の欄の赤字は火山、青字は風水害(風災・水災)・干害(旱災)、黄字は火災、紫字は疫病である。

 この図をじっと見つめてみると、複数の災害や疫病が重なった時に大きく歴史が動いていることが分かる。そこで、今回は、まず、年表から見える世界の災禍と歴史や文化形成との関わりについて考えてみる。

拡大年表:感染症と自然災害の歴史(スマホ画面で拡大してご覧ください)

モンゴル帝国によるグローバル化が拡大したペストの大流行とルネサンスの芽生え

 モンゴルでは源頼朝の15歳年下のテムジンが勢力を拡大し、1206年にモンゴル帝国を樹立し、チンギス・ハンの名を受けた。モンゴル帝国は、勢力を拡大し、中央ヨーロッパにまで及ぶ広大なエリアを支配した。

 チンギス・ハンの孫でモンゴル帝国の第5代皇帝だったフビライ・ハンは、1271年にモンゴル帝国の国号を元と改め、元の大ハーンが統帥する連合国家へと再編していった。1276年には南宋との戦いにも勝利し、ユーラシア大陸全域で、陸路・海路による交易が盛んな平和な時代を作った。

 このグローバル化が、1320年から1330年ごろに中国で流行していたペストを、ヨーロッパに伝染・拡大させた。1347年にイタリアのシチリア島に上陸し、ヨーロッパ全域に感染が拡大した。黒死病と呼ばれるこの感染症で、ヨーロッパの人口の1/3~2/3の人が亡くなり、人口の減少によって農奴の待遇改善や、文化・芸術のゆとりを生み、ルネサンスが芽生えたという。

 ボッカチオの「デカメロン」ではフィレンツェを襲ったペストの流行から逃れた10人の話題が紹介されている。新型コロナウイルスの感染スピードに比べればゆっくりだが、世界のグローバル化が人類史上最悪のパンデミックを引き起こした点は現代と共通している。

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筆者

福和伸夫

福和伸夫(ふくわ・のぶお) 名古屋大学減災連携研究センター長・教授

1957年に名古屋に生まれ、81年に名古屋大学大学院を修了した後、10年間、民間建設会社にて耐震研究に従事、その後、名古屋大学に異動し、工学部助教授、同先端技術共同研究センター教授、環境学研究科教授を経て、2012年より現職。建築耐震工学や地震工学に関する教育・研究の傍ら、減災活動を実践している。とくに、南海トラフ地震などの巨大災害の軽減のため、地域の産・官・学・民がホンキになり、その総力を結集することで災害を克服するよう、減災連携研究センターの設立、減災館の建設、あいち・なごや強靭化共創センターの創設などに力を注いでいる。

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