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「自由を制限された記者」で溢れる新聞・テレビの成れの果て

信頼回復の切り札「取材プロセスの可視化」の功罪を考える

高田昌幸 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト

政治記事を可視化すると……

 では、政治記事ではどんな想定が可能だろうか。これも空想記事で示してみよう。

【従来型】
 懸案の日米経済交渉に関し、政府関係者は2日夜、このままでは妥結は難しく、日米関係は大きな曲がり角に立つとの認識を示し、「責任は米国にある」との見解を明らかにした、3日後に迫った日米首脳会談に向け、最大級の言葉で米国の対日姿勢に懸念を示した形だ。
【可視化型】
 懸案の日米経済交渉に関し、匿名を希望する政府関係者は2日夜、首相官邸記者クラブ所属の複数の記者と懇談し、このままでは交渉の妥結は難しく、日米関係は大きな曲がり角に立つとの認識をマスコミの力で国民に伝えてほしいとの姿勢を示した。その中で政府関係者は「責任は米国にある」との言葉を用い、3日後に迫った日米首脳会談に向け、最大級の言葉で米国の対日姿勢に懸念を示したいとの意思を隠さなかった。
 なお、懇談が開かれたのは東京・赤坂の中華料理店であり、記者5人が参加。冒頭、政府関係者は「この場での発言は引用していいが、私の名前は明らかにしないこと」と発言し、記者側も受け入れた。政府関係者は所属先の秘匿を求めていなかったが、本紙は今後も適切な取材を継続できる環境保持が重要と考え、記事で政府関係者の所属先を明らかにしないことにした。この政府関係者は今回の交渉内容を知りうる立場にある。懇談の飲食費は1人約5000円で、各自が支払った。

 飲食を伴うオフレコ懇談は頻繁に行われており、そのこと自体は今や国民に隠すほどの事柄でもあるまい。

 では、今も時々使用される「政府首脳」「政府高官」などの用語は誰を指しているのか。報道界では、「政府首脳=官房長官」「政府高官=官房副長官」などとされてきた。それが報道界の“常識”でもあった。しかし、そんな習わしをどの程度の国民が知っているだろうか。

 取材源の明示がいかに重要であるか、それが記事やメディアの信頼醸成に大切かについては、元共同通信論説副委員長の藤田博司氏(故人)が早くから指摘し、『どうする情報源 報道改革の分水嶺』(リベルタ出版、2010年)で総括的にまとめている。

 上に示した「可視化型」の政治(空想)記事は、そうした欠点を少しでも補おうと試みたものだ。実名を引用できない場合でも、工夫の方法はあるはず。さらに言えば、首相の動向も一定程度詳しく公表されているのだから、取材(懇談)が中華料理店で行われたことなどを記載しても、大きな不都合があるとは思えない。

 ただし、「ケース1」では重要なことがある。それは、取材・報道の主導権は報道機関側にあるということだ。「何をどこまで書くか、何を秘すか」については、報道機関側が外部のなにもの(あるいは内部の他部署なども含めて)にも左右されず、独立して自主的に判断することに大きな意味がある。

 重要なのは「なにものからも独立した判断」が「取材後」に行われる点だ。それが根幹だ。つまり、取材プロセスの可視化を記事上で実施するにしても、取材プロセスそのものには決して外部勢力(時には内部の他部署なども)に手を入れさせないという考え方である。

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筆者

高田昌幸

高田昌幸(たかだ・まさゆき) 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト

1960年生まれ。ジャーナリスト。東京都市大学メディア情報学部教授(ジャーナリズム論/調査報道論)。北海道新聞記者時代の2004年、北海道警察裏金問題の取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞を受賞。著書・編著に『真実 新聞が警察に跪いた日』『権力VS調査報道』『権力に迫る調査報道』『メディアの罠 権力に加担する新聞・テレビの深層』など。2019年4月より報道倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会の委員を務める。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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