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女子サッカー初のプロ「WEリーグ」初代チェアに岡島氏

増島みどり スポーツライター

拡大カナダとの国際親善試合に臨む日本の選手たち=2019年10月6日、伊藤進之介撮影

時差マイナス13時間の就任会見

 来年9月に始まる女子サッカー初のプロリーグ「WEリーグ」(ウィリーグ)の代表理事に就任した岡島喜久子氏(62)が7月13日、就任後初めて、オンラインでの記者会見に臨んだ。女性理事長は、日本ではなく米国に在住し(任期2年)、記者会見が行われた日本時間13日午前11時は、メリーランド州ボルチモア現地12日の夜10時。13時間(サマータイム期間中)の時差の中でオンライン会見が行われたのは、新しいリーダー像の表現にも映った。

 海外在住に加え、理事長に使用される呼称も、Jリーグをきっかけに定着した「チェアマン」でも、男女区別なく広く使われる「チェアパーソン」でもなく、「チェア」と新しい。アメリカで30数年のキャリアを積んだ氏が、チェアを選んだそうだ。新しい女性リーダーとして、呼称をも定着させようという意気込みだろうか。

 1970年代黎明期の女子サッカーを支えた1人として、「選手たちに(プロ誕生を)おめでとう、と言いたい。WEリーガーが女の子の夢の職業になれば。日本女子サッカーの発展、一人一人が輝ける社会の実現に尽力していきたい」と抱負を明かした。

 自身も、72年に日本で初の女子クラブチームとして誕生し、現在日本代表の高倉麻子監督も所属した「FCジンナン」でプレー。80年代に結成された日本女子代表にも選ばれている。男子の試合を観るなどサッカーセンスを磨き、早大商学部に進学後、当時は岸記念体育館(東京都渋谷区)3階に事務局を構えていた日本サッカー協会にアルバイトで通った。

 世界的に女子サッカーへの機運が高まり、79年に設立された日本女子サッカー連盟の理事、卒業後84年には同連盟の事務局長を務めたが、91年結婚を機に渡米して以降、日本の女子サッカーに関わる機会がなくなっていたそうだ。

 女子サッカー未開拓時代から、まさに体を張って後進に道を開いたバイタリティーに加え、ケミカルバンク(現在のJPモルガン・チェース銀行)、バンクオブアメリカ、メリルリンチなど外資系の金融企業で築いた華々しいキャリアや人脈もある。コロナと共存する新時代の先端を行くように、海外からオンラインを駆使してリーダーシップを取るなど、WEリーグの女性活躍を意味する「エンパワーメント」を体現する女性だ。

 WEリーグの準備室長で、11年W杯ドイツ大会優勝監督の佐々木則夫氏は「選手が引退した時には、岡島さんのような女性になって欲しいというモデルでもある。満場一致でお願いする運びとなりました」と、チェア起用の理由を説明した。

◆WE(ウィー)リーグ 「Women Empowerment League」の略。リーグを核に、関わる全員(WE)が主人公として活躍する社会を目指す狙い。開幕は21年9月で男女の国内リーグを通じて初の秋春制を採用。ホームアンドアウェー方式総当たりリーグ戦で、翌年5月ごろ終了する。初年度は6~10チームを予定し、男子にはない最低年俸(270万円)も設定した。プロA契約選手5人以上を含む同B、C契約選手、計10人以上と契約を締結しなければならない。外国籍選手は5人まで登録可能(試合出場およびベンチ入りも合計5人まで)

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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

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