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コロナで公教育は止まった。その「失敗の本質」を直視せよ

デジタル化はインフラ整備だけではできない。「科学的証拠」が示す政策とは

大森 不二雄 東北大学教授

 新型コロナウイルス感染症の拡大とともに、学校の休校も世界中に広がった。日本では、一斉休校の期間中、公立の小中学校・高校の多くがオンライン授業等による教育の継続を行わず、多くの子どもたちの学びが止まってしまった。その失敗の本質を直視する検証が必要である。

 今回の教訓を生かすのは、第二波・第三波等への備えのためだけではない。再開後の学校のニューノーマル(新常態)として、教育のデジタル・トランスフォーメーション(DX)の契機としなければならない。また、非常時の学習継続に限らない、新常態としての教育DXにとっては、学力など学習成果を向上させるエビデンス(科学的根拠)が重要となる。

 実は既にコロナ禍以前の2019年12月から、政府は、社会全体のDX政策を「デジタルニューディール」と名付けて打ち出しており、教育デジタル化を目玉の一つと位置付けていた。その具体策は、児童生徒1人1台端末の配備や高速大容量の通信ネットワークの整備等を推進する「GIGAスクール構想」であり、令和元年度補正予算に2,318億円を計上していた。さらに、コロナ対策のための令和2年度補正予算で同構想に2,292億円を追加計上し、同年度内に1人1台端末の配置完了を目指すなど、取り組みが加速されることになった。

 政府関係者からは、同構想による整備がコロナ禍による一斉休校に間に合わなかったと悔しがる声も聞かれるという。しかし、休校中の学習停止は、本当にハードの整備の遅れが原因だったのだろうか。また、証拠に基づく政策立案(Evidence-Based Policy Making: EBPM)の推進を謳う政府は、IT活用による教育効果に関するエビデンスについて、果たしてどこまで把握し、活かそうとしているのだろうか。本稿は、休校中の教育継続の失敗の本質及びそこから汲み取るべき教訓と、IT活用の学習成果に関するエビデンスを総合し、教育DXのための課題について、政策分析的な視点から論じる。

一斉休校中に教育が停止した日本の公立学校

休校期間中、愛知県内各地の小学校には「自主登校教室」が設けられた。名古屋市立清水小学校で静かに読書をしていた5年生の男児は「早くみんなと一緒に勉強したい」と話した=2020年5月13日、名古屋市北区休校期間中、愛知県内各地の小学校には「自主登校教室」が設けられた。名古屋市立清水小学校で静かに読書をしていた5年生の男児は「早くみんなと一緒に勉強したい」と話した=2020年5月13日、名古屋市北区

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)のデータによると、コロナ対策として世界で休校が最も拡大していた2020年4月1日時点で、全国的に休校措置を取っていたのは195カ国に達し、学校(幼稚園や大学等を含む)に通えなかった児童・生徒・学生は約16億人(91%)に上った。休校中の学習継続は、世界的な課題であった。

 日本では、全国の約3分の2の小中学校・高校で、一斉休校と春休みを併せると3カ月間(3月~5月)の長期にわたって、学校教育が停止してしまった。文部科学省の調査によると、4月16日時点で、休校中の公立小中学校・高校の学習指導について自治体(教育委員会)の方針を尋ねたところ、独自作成の授業動画を活用するとした回答が10%、それ以外のデジタル教材を活用するとした回答が29%、同時双方向型のオンライン指導を行うとした回答が5%であった。実施予定を含み複数回答可のこれら数字を単純に合計しても半数に満たない。

 その後、7月17日に6月23日時点の調査結果が公表され、上記数値はそれぞれ、26%、40%、15%に上昇している。ただし、休校中にどれくらいの期間実施されたか分からないほか、初めて公表された学校種別の数値を見ると、例えば同時双方向型オンライン指導は、高校47%に対し、小学校8%、中学校10%となっているなど、義務教育段階の実施率は低い。

 また、学習指導といえる実質を伴っていたかは、個々の実態を見ない限り分からない。同時双方向型のオンライン指導といっても、授業というよりも、子どもの健康状態等を確認することやつながりを保つこと等が主目的となっているものも目立った。オンライン授業を行っている学校でも、例えば1日2時間といった具合で、学習が継続できたとまでは言えない状況であった。

 上述の調査結果や報道等から判断する限り、ITを活用して教科教育を継続できた学校は、ごく一部にとどまったものと思われる。オンライン授業の意欲的取り組みが文科省によって紹介されたり、マスメディアによって報じられたりしたものの、例外的であった。日本の教科書は自学自習が困難な上に、大量のプリント学習を宿題として出されるだけで、指導・支援なしの独習を迫られたケースも多かった。要するに、コロナ禍による休校中、日本の学校教育は、ほぼ止まっていたのである。

中国は休校中の学習継続に成功した

 日本とは対照的に、中国における休校中のオンライン授業は、対象となった学習者(児童・生徒)2億人以上という規模が世界最大であったのみならず、その普及状況もおそらく世界でほとんど例を見ないものであった。

 その出発点は、日本の文科省に相当する教育部が1月29日に発表した「停課不停学」(休校になっても学習は停止させない)との方針であった。オンライン授業など遠隔教育により、休校中も学習を継続するよう、中国全土に指示したのである。

 この方針を受けて、地方政府は、素早く対応し、中央政府(教育部)の教育コンテンツサイトの活用のみならず、民間企業と連携して自前のオンライン教育システムを構築・運営するなど、公教育のオンライン化が急速に進んだ。中国の家庭や学校におけるパソコンの普及状況は、日本を下回るが、パソコンのない家庭ではスマホを使用するとともに、テレビによる教育放送等も併用しつつ、インターネット等ITインフラの脆弱な地域を含め、遠隔教育が全国的に実施された。

 コロナ禍による休校中の中国の初等中等教育におけるオンライン授業については、中国人研究者等による調査研究の論文・報告等が数多くあるが、それらを概観・分析したレビュー論文(注1)に基づき、筆者が重要と考えるポイントを3点に絞って紹介したい。

 第一に、オンライン授業は、多くの地方で普及し、パンデミック下の中国では当たり前のものとなっていたことである。湖南省の研究機関が中国全土を対象に行った調査によると、79%の地域でオンライン授業が行われていたという。また、浙江省の調査では、同省の中学生・高校生の96%がオンライン授業に参加していたという。

 第二に、オンライン授業のプラットフォームとして最も広く活用されたのは、既存のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)や、企業向けモバイルオフィスサービスをベースに教育機関向け機能を追加したものだったことである。具体的には、ネットサービス大手のテンセント(騰訊控股)が開発したメッセージアプリのウィーチャット(WeChat,微信)、電子商取引大手のアリババグループ(阿里巴巴集団)が提供するビジネス用コミュニケーションツールであるディントーク(DingTalk,釘釘)に学習管理システム的な機能を付加したものが、それぞれの代表的な例である。休校時の教育のオンライン化という新たな市場の出現にIT企業が素早く対応し、教員・生徒等が容易に手早く使える便利さが普及を促進したものと思われる。

 第三に、IT活用による児童生徒の自学自習とこれに適合した教師の指導の組み合わせが、新たな教育モデルとして浮上したことである。浙江省の調査によると、休校中に最も普及したのはライブ授業で52%を占めたが、生徒の満足度が最も高かったのは教材パッケージの自学自習であったという。

2020年3月2日から始まった中国・上海市のオンライン授業。ケーブルテレビの画面から=藤田康介さん提供2020年3月2日から始まった中国・上海市のオンライン授業。ケーブルテレビの画面から=藤田康介さん提供

教育継続の失敗の本質と教訓

 さて、中国で実現したオンライン授業による教育の継続が、なぜ日本では実現しなかったのか。

 中国では、春節休暇中の1月27日に全国の学校の始業延期を通達した僅か2日後に、教育部が

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