名古屋地裁で出された2つの判決を批判する
2020年07月28日
7月17日、厚生労働省は「国民生活基礎調査 (2019年調査)」の概況を発表し、2018年時点の相対的貧困率は15.4%、17歳以下の子どもの貧困率13.5%であることが明らかになった。
3年前の前回調査では、相対的貧困率が15.7%、子どもの貧困率が13.9%であったから、微減ではあるが、ほぼ横ばいと言ってよい数字である。日本国内の貧困問題は依然として深刻なレベルにあると言えよう。
相対的貧困率は、一人あたりの可処分所得の中央値の50%を「貧困線」と定義した上で、「貧困線」以下で生活をしている人の割合を示した指標である。2018年時点の「貧困線」は127万円だったので、大雑把に言えば、全人口の6人に1人が、月に10万円以下の手取りしかない生活をおくっていることになる。
今年の春以降は、コロナ禍の影響で家計がひっ迫している人が増えているので、今、調査が行われれば、さらに厳しい数字が出てくることであろう。
生活に困窮した人にとって、最後の頼みの綱は生活保護制度である。
この生活保護制度をめぐって、6月15日の参議院決算委員会で非常に興味深い質疑応答が行われた。
田村智子議員(日本共産党)が、各地の福祉事務所において相談に来た人を追い返す「水際作戦」が依然として行われているという問題に触れた上で、こうした対応の背景に「生活保護は権利である」という認識を国や自治体が培ってこなかったという問題があると指摘。過去に一部の政党や政治家が「バッシングとも言える生活保護への敵意、侮辱」を煽ってきたことが、生活困窮に陥っても保護申請をためらわせる「重たい足かせ」になっていると批判したのである。
その上で、田村議員は安倍首相に対して、「生活保護はあなたの権利です」と呼びかけていただきたいと迫ったのだ。
安倍首相は、この呼びかけに応える前に、「『一部の政党が生活保護に対して攻撃的な言辞を弄している』という趣旨の話をされたんですが、もちろん、それは自民党ではないという事は、確認しておきたい」と答弁。
田村議員は、先ほどはあえて名前を出さなかったが、民主党政権時に生活保護の利用者が増加した際にバッシングを主導していたのは、自民党議員であると反論した上で、改めて制度利用の呼びかけをしてほしいと要請。
これに対して、安倍首相は「文化的な生活をおくる権利があるので、ためらわずに(生活保護を)申請してほしい。われわれもさまざまな機関を活用して国民に働きかけていきたい」と、珍しく明瞭な答弁を行った。
総理がこのように答弁した以上、政府は早急に生活保護の利用を呼びかける広報を実施すべきである。厚生労働省はテレビやネットで動画を活用した発信をしてほしいと私は願っている。
安倍首相は自民党議員が生活保護へのバッシングに手を染めたことは否定したが、2012年に芸能人の親族が生活保護を利用していたことがきっかけとなって、バッシングが巻き起こった際、バッシングの中心にいたのは、片山さつき参議院議員を中心とする自民党の国会議員であったことは明白な事実である。当時、片山議員は「生活保護を受けることを恥と思わないことが問題」と繰り返し発言し、生活保護の制度と利用者へのマイナスイメージを広げることに成功した。
そして、2012年12月、自党の議員が主導した生活保護バッシングに乗っかる形で、「生活保護の給付水準1割カット」を政権公約で掲げた自民党が衆議院総選挙で大勝。政権復帰した直後の2013年1月、第二次安倍政権は過去最大の生活保護基準の引き下げを強行したのである。
その「いのちのとりで裁判」の全国初となる判決が、6月25日、名古屋地裁で言い渡された。結果は原告の全面敗訴であった。
田村議員と安倍首相の国会でのやりとりが行われた10日後に言い渡されたこの判決の影の主役は、自民党であった。
「いのちのとりで裁判」の争点は数多くあるが、私が最も注目していたのは、本来、科学的なデータに基づき、専門家の知見に基づいて決定されなければならない生活保護基準が、政治的な理由により強引に引き下げられたという点であった。
現行の生活保護法が制定されたのは1950年であるが、その制定に深く関与した小山進次郎(当時の厚生省保護課長)は、生活保護制度の趣旨について解説した著作(「改訂増補生活保護法の解釋と運用」)の中で、「保護の基準は飽く迄合理的な基礎資料によって算定さるべく、その決定に当り政治的色彩の混入することは厳に避けられるべき」と記していた。
ところが、2013年の生活保護基準の見直しにあたっては、厚生労働省内に設置された専門家の審議会である生活保護基準部会の報告書には書かれていなかった「デフレ調整」論(2008年から2011年までの物価下落を踏まえて基準を調整すること)を根拠に、厚労省の事務方が引き下げを決めていた。
この点について、昨年10月、原告側の証人として出廷した岩田正美・日本女子大学名誉教授(引き下げ当時の厚生労働省・生活保護基準部会の部会長代理)は、「(デフレ調整は部会として)議論もしていないわけだから、容認などはしていない」と証言した。
この証言により、引き下げが専門家の知見を踏まえていないことが白日の下にさらされることになったのである。
しかし、名古屋地裁の角谷昌毅裁判長は、この岩田証言を事実として認定したものの、「保護基準を改定するに当たって社会保障審議会等の専門家の検討を経ることを義務付ける法令上の根拠は見当たら」ないため、「専門家の検討を経ていないことをもって直ちに生活扶助基準の改定における厚生労働大臣の裁量権が制約されるということはできない」として、基準見直しが専門家の意見を踏まえていないことを容認した。
さらに角谷裁判長は判決の中で、
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