赤木智弘(あかぎ・ともひろ) フリーライター
1975年生まれ。著書に『若者を見殺しにする国』『「当たり前」をひっぱたく 過ちを見過ごさないために』、共著書に『下流中年』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
「就職の成功失敗にかかわらず、人々が安心して社会生活を行える制度設計」が必要だ
一時的に落ち着いたように思えるものの、まだまだ予断を許さない新型コロナウイルスの蔓延。個人にとっても企業にとっても大きな負担となっている中、今年大学を卒業する学生たちは、先の見えない状況に不安を抱えているそうだ。
確かにコロナ対応と乱発された自粛要請で、大きく利益を失った企業は多い。また、収束に向かうかも微妙な情勢であり、今年の新卒採用が大きく絞られるであろうことは想像に難くない。
それはもちろん学生たちのせいではないことはいうまでもないが、一方で我々自身の怠惰が産んだ悲劇でもある。今回はそれを説明したい。
最近は「景気さえ良くなれば、社会の問題はほとんど解決」という類のことを言い出す人が増えているように思う。特に「消費税減税」にこだわる人が多く、さも消費税を減税しさえすれば、景気は一気に解決するかのような根拠の薄い主張が繰り広げられている。その割に政治の話になると、消費税増税を一貫して主張してきた自民党や、協調路線を取る公明党を支持していたりするので意味が分からないのだけれども。その話はいったん置いておこう。
さて、仮に消費税減税で景気が良くなったとしても、それで経済にまつわる問題はすべて解決するのだろうか?
僕はそうは思わない。景気が良くても問題の解決にはとてもおぼつかないことは、端的に「高度経済成長期にもドヤ街があった」という事実で明確に認識できるだろう。利益を経営者や株主がすべて持ってしまい、労働者に対するまっとうな分配がされなければ、いくら景気が良かろうが格差は広がるのである。
それは就職においても同じことだ。
就職時に景気が悪かったとしても良かったとしても、新卒学生をどのくらい採用するかという生殺与奪の権は経営者が握っているのである。就職氷河期世代というのは、経営者たちが既存の労働者を守るために新卒採用を極端に絞り、当時の新卒学生に対し、十分に分配しなかったから生まれてしまったのである。
だが、今の大学生は安心していい。世の経営者たちはかつて不景気の時に新卒学生を採らなかったことで、後になって会社の中枢を担う3、40代を育てることができなかったことに気づいた。だから、今の経営者は景気が悪くなったからといって、新卒採用を完全にストップするということはない。
不景気の備えとして、会社は非正規雇用を増やし、景気に応じて非正規をバッファーとして利用することで、不景気が正社員の待遇をダイレクトに悪化させないように変革し続けてきたのである。
だから今年卒の新卒学生は、その恩恵を受けることができる。かつて新卒採用を得られなかった非正規労働者、すなわちずっと苦しみ続けている就職氷河期を、学生たちは足蹴にすることで正規の職に就けるのである。おめでとう。おめでとう。