メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

今年の就職がうまくいかないとしても、それは日本社会の怠惰ゆえの必然でしかない

「就職の成功失敗にかかわらず、人々が安心して社会生活を行える制度設計」が必要だ

赤木智弘 フリーライター

 一時的に落ち着いたように思えるものの、まだまだ予断を許さない新型コロナウイルスの蔓延。個人にとっても企業にとっても大きな負担となっている中、今年大学を卒業する学生たちは、先の見えない状況に不安を抱えているそうだ。

 確かにコロナ対応と乱発された自粛要請で、大きく利益を失った企業は多い。また、収束に向かうかも微妙な情勢であり、今年の新卒採用が大きく絞られるであろうことは想像に難くない。

 それはもちろん学生たちのせいではないことはいうまでもないが、一方で我々自身の怠惰が産んだ悲劇でもある。今回はそれを説明したい。

オンライン企業説明会で、画面越しに企業担当者の説明を聴く学生たち=2020年3月26日、福岡市東区の福岡工業大

「氷河期世代」は犠牲になり続ける

 最近は「景気さえ良くなれば、社会の問題はほとんど解決」という類のことを言い出す人が増えているように思う。特に「消費税減税」にこだわる人が多く、さも消費税を減税しさえすれば、景気は一気に解決するかのような根拠の薄い主張が繰り広げられている。その割に政治の話になると、消費税増税を一貫して主張してきた自民党や、協調路線を取る公明党を支持していたりするので意味が分からないのだけれども。その話はいったん置いておこう。

 さて、仮に消費税減税で景気が良くなったとしても、それで経済にまつわる問題はすべて解決するのだろうか?

 僕はそうは思わない。景気が良くても問題の解決にはとてもおぼつかないことは、端的に「高度経済成長期にもドヤ街があった」という事実で明確に認識できるだろう。利益を経営者や株主がすべて持ってしまい、労働者に対するまっとうな分配がされなければ、いくら景気が良かろうが格差は広がるのである。

 それは就職においても同じことだ。

 就職時に景気が悪かったとしても良かったとしても、新卒学生をどのくらい採用するかという生殺与奪の権は経営者が握っているのである。就職氷河期世代というのは、経営者たちが既存の労働者を守るために新卒採用を極端に絞り、当時の新卒学生に対し、十分に分配しなかったから生まれてしまったのである。

 だが、今の大学生は安心していい。世の経営者たちはかつて不景気の時に新卒学生を採らなかったことで、後になって会社の中枢を担う3、40代を育てることができなかったことに気づいた。だから、今の経営者は景気が悪くなったからといって、新卒採用を完全にストップするということはない。

 不景気の備えとして、会社は非正規雇用を増やし、景気に応じて非正規をバッファーとして利用することで、不景気が正社員の待遇をダイレクトに悪化させないように変革し続けてきたのである。

 だから今年卒の新卒学生は、その恩恵を受けることができる。かつて新卒採用を得られなかった非正規労働者、すなわちずっと苦しみ続けている就職氷河期を、学生たちは足蹴にすることで正規の職に就けるのである。おめでとう。おめでとう。

「雨さえ降らなければ傘は必要ない」のか

 とはいえ、それでも例年よりは厳しい就職活動にはなるだろう。そして数年後には今の学生たちが入りたくても入れなかった企業に、今の学生たちよりも低いランクの大学からの卒業生が入ることになる。就職時に景気が悪いというのはそうして「一生ものの貧乏くじを引かされる」ということである。

 そもそも景気というものは、一国の政治がどのように頑張ろうとも、コントロールなどできないものだ。できると豪語する経済学者もいるようだが、経済というのは世界とつながっている。リーマンショックなど日本の政治でコントロールしようもない事態が日本の経済に影響を与えたりするわけだ。

 また、今回のコロナ騒ぎにおける経済活動ですら、日本の政治だけでコントロールなどできていないのは、我々が今現在実感している通りである。

昨年の就職活動で各企業のブース前に並ぶ学生ら。今年はこのような説明会の中止が相次いでいる=2019年3月1日、大阪市

 政治が経済をコントロールできないとすれば、政治は何をするべきかと言えば「就職の成功失敗にかかわらず、人々が安心して社会生活を行えるような制度設計」である。具体的には社会保障の充実である。

 しかし、日本社会というのは、就職氷河期化からこちら、社会保障の充実を無視し続けてきた。その代わりに生み出したのが「景気さえ良くなれば、社会の問題はほとんど解決」という考え方なのだ。

 しかしそれは「雨さえ降らなければ傘は必要ない」という無責任な考え方に過ぎない。本来であれば社会保障という傘を生み出さねばならなかったが、日本社会はバブルが崩壊して以降30年間も、ただ惰眠をむさぼったまま、明日は必ず晴れるだろうと、真っ黒な雲に覆われた空を見上げて信じ、無責任なままに就職氷河期世代の苦痛を無かったことにして、ここまで来てしまったのである。

 だからもし、今年の学生の就職がうまくいかなかったとしても、それは日本社会の無責任さゆえであり、学生のせいではない。だが日本社会は容赦なく自己責任論を学生たちに突きつけるだろう。

 だから、今年卒業の学生たちの就職が失敗したとしても、それは日本社会の怠惰ゆえの必然でしかない。

 我々はそんなバカげた社会に生きているのである。

論座編集部からのご案内
 コロナ禍のもと、険しくなる就活、変わる働き方。朝日新聞社の言論サイト「論座」筆者と若者が、現状とあるべき未来を論じるオンラインイベントを8月3日に催します。赤木智弘さんのほか、連合会長・神津里季生▽お笑いジャーナリスト・たかまつなな▽政治アイドル・町田彩夏▽日本若者協議会・古田亮太郎▽あさがくナビ編集長・木之本敬介のみなさんが出演します。