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コロナ禍は、新卒就職に「ニューノーマル」をもたらすか

転換は“自動的にはやってこない”としても……

児美川孝一郎 法政大学キャリアデザイン学部教授

3.未来へ――学生の「教育から雇用へのトランジッション」は変容するか

 以上のように見てくれば、現在のコロナ禍における「新卒就職」の実態は、就活の「新しい様式」や「ニューノーマル」の到来であるとは、にわかには言い難いだろう。

 オンライン化への切り替えは、“鮮やかな”変化ではあった。しかし、それは、言ってしまえば、余儀なくされた変化であって、就活というステージに登場するプレーヤーたちの考え方や価値志向を、根本から揺さぶるようなものではなかった(少なくとも現時点では)。むしろ、就活シーンの全体で見れば、企業の行動も、学生の行動も、以前からの就活のかたちへの“しがみつき”を強めているようにさえ見える。

Zoomを使ってオンライン合同企業説明会に参加する学生=2020年4月25日、札幌市北区拡大Zoomを使ってオンライン合同企業説明会に参加する学生=2020年4月25日、札幌市北区

 では、現在のような「新卒就職」のかたちは、withコロナ、さらにはafterコロナの時代において、今後とも不変なのか。おそらく、そうではないだろう。

 コロナ禍の今年の経験では、突如として新卒就職の「危機」が顕わになったがゆえに、結局は、どのプレーヤーも、これまでの制度や構造を守ろうとする「元に戻る力」を力強く作動させる方向で振る舞った。しかし、そうした今年の経験においても、微かにでも芽生えているはずの“変化”への兆候は存在するだろう。それは、<中・長期的視点>で見てみれば、ボディブローのようにじわじわと増殖し、全体として「変化を促す力」として作動して、新卒就職のかたちに構造的な変容を迫ることも十分に想定される事態であろう。

 もちろん、「将来」に属する事柄について、根拠のない憶測を述べることは慎みたいが、以下の点については、じっくりと考えてみる価値があるのではないか。

新卒採用から通年採用へ

 第一に、コロナ禍が、それ以前には存在しなかった変化をゼロから生み出したりはしないのだとしても、コロナ以前から存在していた「変化」の兆しをいっそう際立って顕在化させ、「変化」に向けての当事者たちの動きを一挙に活性化させる、といったことは十分に起こりうることであろう。

 新卒就職シーンに引き寄せて言えば、ここ数年、経団連トップが、ことあるごとに発信し続けてきた「新卒採用」の縮小、「通年採用」の拡大というシナリオは、コロナ禍の影響を受けることで、今後はそれなりの規模とスピードで現実のものとなっていく可能性が出てきたのではないか。

 これまでは、経団連トップの掛け声の“勇ましさ”と、実際に新卒採用を行う各企業の採用現場のあいだには、やはりそれなりの“温度差”があった。もちろん、業界や企業ごとの事情によって異なるのは当然であるが、多くの場合、各企業にとっての「通年採用」は、一定の規模を超えない範囲内での“サブ・チャンネル”として位置づいてきた感がある。しかし、そのバランスは、今後は、通年採用の側へと大きく傾いていくことも考えられるのではないか。それは、グローバル化の動向も含め、もともと緩やかな趨勢としては、その方向に変化しつつあったうえに、コロナ禍の影響をくぐることで、景気の後退と各企業の業績の悪化が、新卒採用を続け、そのメリットを享受していくための「体力」を、各企業から奪っていく可能性が少なくないからである。この点は、「メンバーシップ型」の正社員を「ジョブ型」へと切り替えていこうとする近年の動向とも、基本的にタイアップするだろう。

 一方で、社会的な不安定の最中、あるいは景気の後退局面などにおいては、学生側の意識は、これまでの経験則から見る限り、より「安定志向」になることが想定される。<短期的視点>で述べた、新卒就職の枠組みへの“しがみつき”は、これに当たる。現時点では、企業側も、これまでの新卒就職の枠組みを維持しようとしているので、問題は顕在化しないが、<中・長期的視点>で見て、企業側が新卒就職には必ずしもこだわらない方向へと大きく舵を切れば、学生側の意識や価値志向と企業側の動きのあいだには、明らかな齟齬が生じてくるだろう。

組織と個人の関係変容

 第二に、現在のコロナ禍のなかで、企業側も学生側も例外なく経験することになった「オンライン化」の影響が、実のところは「組織と個人の関係」を変える契機となり、長い目で見た場合には、学生の就職活動のあり方にも少なくない影響を及ぼしていくことが考えられる。

 ここでいう組織と個人の関係とは、ここ数年における「働き方改革」のインパクトを受けたうえに、さらに、コロナ禍において在宅勤務やリモートワークの経験を積むことになった社員と会社との関係である。同じく、コロナ禍のなかで、フルパッケージでのオンライン授業やオンライン化された学生支援・サービスを経験することになった学生と大学との関係でもある。オンライン化は、当初は、強いられて活用されたものであったはずだが、時間の経過とともに、当事者たちの意識変容や行動変容を促す契機にもなっていくということである。

 焦点化して言えば、「オンライン化」以後の個人の考え方や価値観は、とりわけ組織との距離やエンゲージメントに関して、「オンライン化」以前の個人とは異なってくるのではないか。オンラインで就労や教育に携わる期間が、例外的な一時期にとどまるのではなく、一定の範囲内で(つまり、オンラインと対面の併用も含めて)恒常的に続くことが想定されるのであれば、なおさらである。おそらく、働き方においても、学び方においても、集団的な枠組みを大前提としつつ、個人の自由を“制約”して(しかし、それが同時に、個人を“庇護”することにもなる“抱き合わせ”の関係で)機能する日本的なシステムは、しだいに個人の側からの支持を失っていくのではないか。逆に、個人の裁量と自律性を認める脱日本的なシステムが、高い評価を得るようになっていくのだろう。

 こうした価値志向のシフトは、中・長期的なトレンドとして見れば、個人の側の働き方の選択、学生の場合には、端的に就職活動における会社選びの基準となっていくことも十分に想定される。もちろん、先に触れた「安定志向」のゆえに、学生のなかには日本的システムにしがみつく層も存在し続けるとすれば、ある種の「二極化」が進むことも想定される。また、企業の側でも、脱日本的システムへと積極的に舵を切る企業と、そうではない企業との「二極化」が進展することも想像されないわけではない。

 ただ、少なくとも言えるのは、学生側、企業側双方の二極化が、マトリクス的に組み合わさっていくことは、「新卒就職」のチャンネルが、現在のような一元的なものから、多元的なものへと転換していくことを意味するということであろう。

「就活」から「トランジッション」へ

 以上、一点めには、企業側の意向や動きとして、新卒採用から通年採用への重点移動が促されるという意味で、就職活動の「多チャンネル化」がすすむ可能性について述べた。そして、二点めでは、学生サイドの意向や価値志向に沿って考えても、就職活動に、これまでとは異なるチャンネルが加わる可能性があることについて言及した。

 共通点は、企業側、学生側双方の動きによって、噛み合ったり、一定の齟齬を生じさせたりしつつ、最終的に押し出されていくのは、就活の「多チャンネル化」のプロセスであるという点である。そして、最終的にはそれは、就職活動というものを、特殊日本的な「就活」という形態から、「教育から雇用へのトランジッション」のプロセスへと転換させていく可能性にもつながるだろう。

 前者(就活)は、言うまでもなく、学生が在学中に“会社探し”の活動を行い、卒業と同時に働きはじめるものであり、後者(トランジッション)は、卒業前後の数年にわたる時間幅のなかで、学生たちは、長期の有給インターンシップのようなトライアルや、実際の就業、転職経験などを挟んで、最終的な落ち着き先となる“職探し”を行うというものである。

 こうした転換が、afterコロナの時代になれば、“自動的にやってくる”わけではないことは、もちろん冒頭でも述べたとおりである。ただ、<短期的視点>で見れば、現在は、従来型の「就活」へのしがみつきが強められつつあるように見えつつ、しかし、<中・長期的視点>で見れば、現時点での変化の「芽」が、いずれは構造的な転換につながる可能性があることを看過するわけにはいかない。

 筆者を含めて、学生を支援する立場にある大学関係者としても、崩れゆくのかもしれない“大樹”に学生といっしょにしがみつくことは避けたいと思いつつ、では何を、どうすればよいのか、難しい舵取りを求められる状況であることは間違いなかろう。

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筆者

児美川孝一郎

児美川孝一郎(こみかわ・こういちろう) 法政大学キャリアデザイン学部教授

1963年生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程を経て、1996年より法政大学に勤務。2006年より現職。専攻は、教育学(キャリア教育、青年期教育)。日本教育学会理事、日本教育政策学会理事。主な著書に、『若者はなぜ「就職」できなくなったのか』(日本図書センター)『キャリア教育のウソ』(ちくまプリマー新書)『まず教育論から変えよう』(太郎次郎社エディタス)『夢があふれる社会に未来はあるか』(ベスト新書)『高校教育の新しいかたち』(泉文堂)など。 @Komikawa_1963(twitter) https://www.facebook.com/koichiro.komikawa