「商業主義」「国家主義」を脱し「多様性」「共生」「平和」を掲げる五輪をめざして
2020年08月02日
コロナ禍がなかったら、東京はいま、五輪で沸きかえっていただろう。日本人選手がメダル、とりわけ金メダルでも獲ろうものなら、メディアは大騒ぎし、新聞は号外をだし、朝夕刊で1面から五輪特設面、社会面などへと大展開する。水一杯のバケツを、逆さにしたようなドシャ降りの報道合戦を繰りひろげていたに違いない。
「メダル争奪報道」によって、国威発揚の五輪ナショナリズムが炸裂する。私(筆者)は1988年ソウル五輪を現地で取材した経験がある。それ以外にも、長らく何らかのかたちで五輪取材にかかわってきた。
そこから得た知見は、「五輪報道」と「戦争報道」は双子のように瓜(うり)二つだということだ。どういうことか。
戦争報道のなかに、「戦況報道」という言葉がある。従軍した記者が、あるいは当局発表(昔の日本なら大本営発表)を聞いた記者が、「主要都市の○○を陥落させた」「首都総攻撃の前夜」など戦果を伝えるものだ。
この「戦況報道」が、「○○が銅メダル」「○○が初の金メダル獲得」などの「メダル争奪報道」と重なってならない。必要な報道であるかもしれないが、これを前面にだして「感情」に訴える報道は、五輪ポピュリズムの悪しき典型ではないか。
戦争報道なら、戦火の犠牲になる一般市民の状況を伝えたり、軍の違法行為などを監視したりすることが、もっとも求められていることだろう。五輪報道であれば、鍛え抜かれたアスリートの美しさや人間性、その技術の分析を通じて、人類に寄与するスポーツの力を伝えるのが本道ではないか。
しかし、メダル争奪は報道と歩調を合わせるかたちで盛りあがり、国民を熱狂させていく。アスリートにかかる重圧は凄まじいものだが、表彰台に立って国旗掲揚し、国歌「君が代」を響かせることが「至上命令」となり、国威発揚していく「国家主義」は止まるところを知らない。
昨今の五輪は、冒頭で述べた「国家主義」と「商業主義」に席捲されている。商業主義の元凶は、巨額のテレビ放映権料であろう。
国際オリンピック委員会(IOC)収入の7割超を占めるのがテレビ放映権料で、その半分以上は米国のNBCテレビが払っている。たとえば、NBCは東京五輪までの夏冬4大会の放映権料を43億8000万ドル(約4700億円)で取得している。
このような背景から、民間放送局であるNBCテレビ1社が五輪の開催時期や競技の実施時間までもコントロールする状況が生まれている。五輪は本来、気候のいい春や秋に開催するのがのぞましい。だが、春と秋は米国内のスポーツイベントが目白押し。五輪が真夏に開催されるのは、視聴率を考えるNBCテレビの意向だ。
あおりを受けるのは選手たちだ。たとえばマラソンランナーは、信じられないような高温多湿のなか、2時間以上も走り続けなければならない。
2019年9月、カタール・ドーハでの世界陸上競技選手権大会。女子マラソンは暑さを避けた深夜におこなわれたが、気温30度、湿度70%前後という過酷な環境のため、参加者68人中、大会史上最多の4割にあたる28人が棄権、担架や車椅子で運ばれるという異常事態になった。
東京の8月はドーハの9月よりもコンディションが悪くなる可能性がある。泡を食ったIOCは急きょ、マラソンと競歩の会場を暑さ対策のために東京から札幌に移した。これは一例に過ぎないが、IOCおよびNBCテレビの「アスリート・ファースト」を無視した「商業主義」以外のなにものでもない。これでは、日本は独立国でなく、「スポーツ植民地」の誹(そし)りを免れない。
振り返ってみれば、2020年東京五輪はなにかとつまずきの多い大会だ。
メインスタジアムとなる国立競技場の設計は、いったんイラク出身の建築家に決まっていたが、「神宮の森の景観を壊す」「維持費がかかり過ぎる」などの強い異議申し立てが日本人建築家らからあがったため、再コンペとなり、隈研吾氏の設計に替わった。
大会の顔である公式エンブレムも、劇場(ベルギー)のロゴからの盗用との疑惑が浮上し、選び直しになった。五輪の顔といえる二つに、相次いでケチがついたのである。
2013年9月、五輪の東京招致が決まったアルゼンチン・ブエノスアイレスでのIOC総会で、安倍晋三首相が演説。東京電力福島第一原発事故後の対応について、「アンダー・コントロール(制御している)」と発言し、地元福島の漁協などが猛反発した。現実には、汚染水ひとつをとっても制御されているとは到底いえず、信憑性が疑われる発言を国際舞台でし、日本の信用を落とすことにもなった。
日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和前会長は、
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