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波の削減に踏み切った辣腕の前田NHK会長

危うさはらむ有力政治家との直談判、番組減少で影響を受けるのは制作会社

川本裕司 朝日新聞記者

中期経営計画案を説明する前田晃伸NHK会長=2020年8月4日、東京都渋谷区

 NHKで前田晃伸会長の旋風が吹き荒れている。歴代会長が誰も着手できなかったメディア数の削減を、8月4日に公表した中期計画(2021~23年度)案で打ち出した。都市銀行出身の前田会長は就任してまだ半年余り。民放などの「肥大化」批判に応じる決断に映るが、問題を先送りさせながら組織の巨大化を続けてきた公共放送の舵を大きく切った辣腕ぶりは前例がない。ただ、その手法は危険をはらみ、確実視される番組の削減によって最も大きな打撃を受けるのは弱い立場の制作会社になりそうな「劇薬」といえる。

衛星放送を削減へ

 発表された中期経営計画案では、4チャンネルある衛星放送のうちBS1、BSプレミアム、BS4Kを2波に整理し、将来的には1波への削減も検討▽ラジオ第1、ラジオ第2を一本化▽3年間で事業支出を630億円(7%)削減、が盛り込まれた。

 民間企業から落下傘のような形でNHK会長の座につくのは、2008年から5人連続。会長の権限が強いとはいえ、畑違いの放送局で約1万人の職員をまとめ、組織を動かすのは容易ではない。会長ら執行部を監督する経営委員会が存在し、予算は国会の承認を必要とする。こうした制約のもと、組織の縮小に抵抗しがちな生え抜きの職員がいる中で、前田会長はなぜ波の削減を決定できたのだろうか。

 もともとNHKでは、今年10月から受信料額を3%弱値下げすることを18年11月に発表していた。17年12月に受信料支払い義務を事実上認める最高裁判決が出されてから支払率が上がったことなど、財政面の余裕が理由だった。通年の受信料減収は4.5%の見通しだったが、事業の縮小方向が色濃くなった。

 前田会長となった今年5月には、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、収入が減った中小企業や個人事業主の受信料を来年3月まで免除することを表明。免除は175万件(約32億円)と見込まれている。

 複数のNHK関係者によると、新型コロナで営業の訪問活動の制限、契約件数の減少といった影響を前提に、前田会長は「将来も相当厳しくなる」と長期的な減収トレンドを強調し反論が出にくい環境にしたうえで、放送波を削減しチャンネル数を減らすという方針を打ち出した。18年12月にBS4KとBS8Kが始まったNHKは19年12月にあった総務省の有識者会議で、BS1とBSプレミアムを一本化し衛星放送4波を3波にすることを表明していたが、衛星波のさらなる減少の可能性とラジオ1波の削減を新たに付け加えた。次世代テレビの本命として技術陣が力を入れてきた超高精細の8Kについても、中期経営計画案で東京五輪後にあり方の検討を言明した。一部で「ブラックボックス化している」という声が出ていたスポーツ放送権料についても「絞り込み」を掲げたほか、取材用のヘリコプターの削減も検討されている。

経営手法はトップダウン

 前田会長の経営手法はトップダウンという。高いボールを投げたうえで、部下を競わせて提案させ、いいものを採用する。決定するまで局内の現場では経緯がわからず、全容を知るのは正籬聡副会長・放送総局長と松坂千尋専務理事ぐらいと見られている。前田会長は放送現場には具体的な注文を出さず、みずほフィナンシャルグループ時代と同じ手法で組織のあり方の見直しを進めている、と見られている。これまでうたわれながら実現しなかったNHK内部の過去の改革案を参考にしている、ともいわれている。

 「クローズアップ現代+」のかんぽ生命の不正販売報道をめぐり上田良一会長(当時)に厳重注意した経営委員会が、処分の経緯や審議の経緯に疑念を投げかけられ、議事録の公開を拒否して苦しい立場にあった時期を逃さず、執行部が思い切った経営計画案に踏み切ったといえる。安倍政権もコロナ問題の対応に追われ支持率が落ち込む中で、NHKに口出ししにくい政治状況にあった。

 かつて波の数の削減を検討したNHK会長はいた。1989年4月に会長となった島桂次氏はその直後、マンパワーを集中させ強いチャンネルをつくるため、89年秋にも策定する長期計画(5~7年)でチャンネル数を削減することを盛り込むこととし、候補に教育テレビかラジオ第2があげられた。しかし

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