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障害者withコロナ「感染リスク」と「暮らしにくさ」

ユニバーサルマナー講師・岸田ひろ実さんに聞く(上)

市川速水 朝日新聞編集委員

 「ユニバーサルマナー」という言葉が、じわりと浸透しつつあった。「障害者が住みやすいバリアフリー社会」とも言い換えられる。さらに一歩進め、体の自由がきかなくなってきた高齢者やベビーカー利用者、外国人観光客、子どもたちを含む「すべての人にとって普遍的に安全で住みやすい社会」をめざし、「自分と違う視点に立って行動する心づかい」を表現したものだ。

 2020年夏の東京オリンピック、パラリンピックに向けて、「ユニバーサルマナー」は、企業や自治体を巻き込み、ボランティア、個人を含む「おもてなし」の準備に弾みをつけてきた。

 しかし、2020年春からの新型コロナ感染拡大で、オリ・パラは少なくとも1年の延期を余儀なくされた。2020年8月には来年のパラリンピックの日程も発表されたが、実現するかどうかはまったく不透明といえる。

 この時期、障害者はどう過ごしているのか、どんな不安を抱えているのか。このままだとユニバーサルマナー意識は後退してしまうのか。

 「株式会社ミライロ」に所属し、日本ユニバーサルマナー協会の講師を勤める岸田ひろ実さん(51、神戸市在住)に、ここ数年の変化、そして障害者問題を取り巻く未来の姿についてリモートで聞いた。

自宅からリモート画面でインタビューに答える岸田ひろ実さん
岸田ひろ実(きしだ・ひろみ)

1968年大阪市生まれ。主婦だった15年前、会社経営の夫が心筋梗塞で突然死。仕事と子育てに多忙のなか、3年後に大動脈解離で倒れ、車いす生活に。プロの講師としてミャンマーなど海外でも講演し、東京オリンピック・パラリンピックでおもてなしのマナーや街づくりのデザインを目指すために韓国・平昌オリンピックの視察もした。コーチングの資格を持つ。著書に『ママ、死にたいなら死んでもいいよ』(致知出版社)

家から一歩も出ない日々

 40歳で下半身不随になった、人生半ばからの車いすユーザー。ダウン症の息子と暮らす。

――岸田さんの生活はコロナ前と後でどう変わりましたか。

 「これまで、多い時は年に200回近く全国で講演したり、国や自治体関係の会議に出て意見を述べたりしていました。体力的に大変になってきたので最近は減らしていたのですが、それでも週に2回以上は人前で話していましたね。

 2020年に入って3月ぐらいから、在宅で仕事をするようになりました。みなさんが在宅勤務をするようになる少し前からです。緊急事態宣言が解除された時にちょっと外に出てみたのですが、それも一瞬。感染者が増えてしまい、また在宅生活に戻りました。ほぼずっと家にいます」

――自宅から一歩も出ない日も?

 「スーパーマーケットに少しだけ食料品の買い出しに行ったこともありますが、それもヘルパーさんにお願いしつつで、本当に家から一歩も出ない期間が1カ月近くありました。

 私がリモートを比較的早く始めたのは、基礎疾患がある場合は、感染すると重症化するリスクが高いと聞いたからです。私の場合は人工血管だし、体力も普通の人より少し劣ります。ダウン症の息子にうつったらどうなるかも心配で。ダウン症の特徴の一つに、寝ている時に呼吸しづらくなる人が多いらしくて、ダウン症の人も重症化する可能性が大きいらしいと専門家に言われました。さらに一緒に暮らす母が80代と高齢。家の誰かが感染すれば、全員が重症化する危険がある。

 そういうことを聞くと、外に出づらい、できる限り出ない方がいいのかなと思います」

ミャンマーでユニバーサルマナーの講演をする岸田ひろ実さん=2016年11月、筆者撮影
――講演の機会もしばらくなったわけですが、障害者問題への関心という視点でこの数年間を顧みたとき、聴衆や社会の意識が高まってきたという感触はありましたか。

 「大いにありますね。まず、講演やシンポが東京や大阪だけでなく、全国的に、地方でも増えたことです。中国・四国地方のシンポのパネリストにも呼んでもらい、主に交通機関を対象にどうやってユニバーサルデザイン(UD、バリアフリーや車いす、表示の色づかいなどあらゆる人に優しいデザイン)について話し合いました。障害のある方も外に出やすいように、みなさんと考える機会が本当に増えました。

 もちろん東京オリンピック・パラリンピックが決まった影響が大きかったですね。オリ・パラを機に、海外から大都市だけでなく地方にも人がたくさん来られるだろうということで。2019年には、秋田の仙北市でも海外や障害者が来た時の対応をめぐるシンポがあり、呼んでいただきました」

――シンポなどでは、どんな立場で意見を述べられるのですか。

 「私はかつて健常者だった車いすユーザーの一人ですが、決して障害者寄りではなく、中立というか、障害者側にコミュニケーションで歩み寄っていきましょうという立場で話をすることが多いと思います。歩み寄っていったうえでゴールを決めていきましょう、というところでお話をさせていただいています。

 障害者だからこんなことをしてほしいとか、こちらがこうやるべきだということではなくて、障害のある方が、どんなことに困っていて、一方で障害者でもどんなことができるかとか。

 障害者が何を求めているか、そこへ興味をもつことで問題を知ってもらい、そこから出る答えをゴールにしています。まず『何かお手伝いできることはありますか?』と声をかけることで歩み寄りが始まるのです」

パラリンピックと障害者問題

――ユニバーサルマナー、ユニバーサルデザインの普及を進める会社「ミライロ」が創立10年を迎えました。創立初期と今では、何か大きく違う点がありますか?

 「昔はまず、『ユニバーサルデザイン(UD)の仕事をしています』といっても、顧客の企業様に『それ、何ですか』と言われることが多くて。ユニバーサルマナーも全然知られていませんでした。『マナー検定をやります』といっても、ほぼ受講者が来ない状況でした。今は大阪、東京、福岡をはじめ、どこの会場もいっぱいという状況になっています。意識はすごく変わってきたと思います。

 ユニバーサルマナー検定は2013年8月にスタートして、2019年度、つまり2020年3月末時点で累計の受講者が10万人に達しました。急に増えたのは2016年、障害者差別解消法が施行されてからです。たまたまその時、嵐の櫻井翔さんがユニバーサルマナー検定を受けてくださって、話題になりました。会場に嵐ファンが押し寄せてくれました。その後も企業単位で何千人ずつという形で増えていきました。

 最初に多かった業種は、接客サービス系です。ホテルや結婚式場ですね。積極的にお客様とかかわる職種で、そこには障害のある方も高齢者もいらっしゃるだろうと。でも最初は会社の研修の一環として受けた社員・職員が多かったのも事実です。次第に個人の方でも障害者問題を深く知りたいと考えて受ける人が増えていきました。社会全体が本当にオリ・パラの開催決定を機に変わったんだなあと思います」

ユニバーサル検定講習の、高齢者の不自由さを体験してもらう1コマ。ゴーグルで白内障を疑似体験し、指先の感覚も鈍く、ひざも曲がりにくい(ミライロ提供)

――そのパラリンピックですが、オリンピックと同様、1年の延期が決まり、2021年8月下旬からの日程が発表されました。

 「本当に開催できるのでしょうか…。できればいいのでしょうが、選手も観客も、五輪以上に障害のある方、つまり基礎疾患などの心配がある方も多いと思うので、無理やり実現すればいいというものではないかもしれません」

 ――そもそも、パラリンピックと障害者問題がどう関連づけられるのかという根本的な問題が腑に落ちない点もあるのですが。

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