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難民を追い詰めかねない法改正が進む日本の実態~映画「ファヒム」から考える

家族との別れ、送還リスクにさらされる生活。日本にも多くの「ファヒム」たちが……

石川えり 認定NPO法人難民支援協会代表理事

生命の危機に直結しかねない母国への送還

 「帰国したら命が危ない」と訴えたファヒムの父のように、難民にとっての送還はまさに生命の危機に直結しかねないものであり、絶対に避けるべきものである。だが、日本ではこの原則が守られているとは言いがたい。

――I'm a refugee (私は難民です)!

 エチオピアで野党の党員として活動したことから逮捕・拘禁された女性は、日本に逃れて空港で難民申請したが、わずか数日後に母国に送還されそうになった。彼女は空港のカウンター前でこう泣き叫び、力の限り抵抗した。

 これは映画の話ではない。日本で実際に起きたことだ。必死の訴えにより送還は免れたが、その後彼女は入国管理局の収容施設に1年近く収容されることとなる。収容施設は身柄を拘禁する施設であり、移動の自由はない。

 迫害が待ち受ける場所へ送還してはならないという原則を「ノン・ルフールマン原則」という。これは難民保護の礎石であり、日本も加盟する難民条約に規定されていることにくわえ、国際慣習法上の規範ともなっている。

 とはいえ日本では、前述のエチオピアの女性が経験したように、送還間際まで追い詰められた人は少なくない。実際に祖国へ送還された後、空港で拘束された人、行方が分からず連絡がとれなくなっている人もいると聞いている。難民認定は命に関わる手続きであり、迫害の待ち受ける祖国へ送還されてしまうことがないよう慎重に判断して進めていく必要があることを、まず改めて確認したい。

拡大出入国在留管理庁の大村入国管理センター=2019年10月1日、長崎県大村市古賀島町

収容が恒常的に用いられる日本

 また、収容に関しては、迫害されるおそれがある故郷には戻ることができないという難民の特性から、不法入国を罰してはならず、難民申請中に収容してはならない、という国際的な原則がある(難民条約やUNHCRのガイドライン)。難民は過去のトラウマを抱えていることが多く、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、長期の拘禁は不必要な苦痛をもたらし、不安や恐怖を掻き立てるとして、難民申請者、難民等の収容を廃止するように求めている。

 にもかかわらず日本では、保護を求めた難民へ対しても、収容が恒常的に用いられてきた。なかでも入管庁による退去強制令書の発付後の収容には、期限の定めもない。2019年12月末時点で(難民申請者に限らず)、

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筆者

石川えり

石川えり(いしかわ・えり) 認定NPO法人難民支援協会代表理事

1976年生まれ。上智大学卒。1994年のルワンダにおける内戦を機に難民問題への関心を深め、大学在学中、難民支援協会(JAR)立ち上げに参加。大学卒業後、企業勤務を経て2001年よりJARに入職。直後よりアフガニスタン難民への支援を担当、日本初の難民認定関連法改正に携わり、クルド難民国連大学前座り込み・同難民退去強制の際にも関係者間の調整を行った。2008年1月より事務局長となり2度の産休をはさみながら活動。2014年12月に代表理事就任。第5回日中韓次世代リーダーズフォーラム、第2回日韓未来対話にそれぞれ市民セクターより参加。共著として、『支援者のための難民保護講座』(現代人文社)、『外国人法とローヤリング』(学陽書房)、『難民・強制移動研究のフロンティア』(現代人文社)ほか。上智大学非常勤講師。一橋大学国際・公共政策大学院非常勤講師。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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