2020年08月31日
東京五輪のメイン会場となる国立競技場に、つかの間だが競技会にみなぎる活気が戻った。本来ならば、7月24日の五輪開会式で国内のみならず世界中の注目を浴びるはずだった「スポーツの聖地」が、競技で使用されたのは今年元日、サッカー天皇杯決勝(鹿島対神戸)のみ。その後、コロナ禍で五輪が1年延期され、ナショナルスタジアムは眠ったまま周辺も含めて静まりかえっていた。
8月23日、「五輪の華」と呼ばれる陸上競技としては初の本格的な競技会セイコー・ゴールデングランプリが行われ、ほとんどの大会がキャンセルされ、一時トレーニングもできなかった国内の有力選手が揃った。1500㍍に出場した20歳の田中希実(のぞみ、豊田自動織機TC)は4分5秒27と、従来の日本記録を14年ぶりに、しかも一気に2秒59も短縮する気持ちを込めた日本新記録を樹立して優勝。選手たちの五輪開催への強い思いを象徴するかのような日本新第1号に、田中はレース後「無我夢中だったのでレース中の記憶がなくて。この1本に日本記録をかけて走った」と、堂々と答えた。
2018年U-20世界選手権3000㍍で金メダルを獲得した逸材は同志社大に在学中する。しかし駅伝強化が中心の大学陸上部ではなく、トラックでも世界と競う選手を目指しクラブチームに在籍する。
ジュニアから大きな目標を追ってスタートを切った昨年は、ドーハ世界陸上5000㍍に出場し、予選、決勝ともに自己新をマーク(決勝14位)。格闘技とも言われるトラック種目で国際レースの洗礼を浴びたのだろう。予選後、スネやひざをスパイクされ、傷口からかなりの血が流れていた。「大丈夫か」と指摘されると、「あ、血が出てますね」と、他人事のように平然と答える強さが印象的だった。153㌢の身長はレース中、集団に埋もれたが、あの2レースで身に付けた強さ、自信が、新しい国立競技場での日本新1号につながったに違いない。
トップ選手による陸上競技会の「こけら落とし」に、レース後は、トラックの感触についての質問も多かった。注目された男子100㍍には、フロリダに在住するサニブラウン・ハキームを除く有力選手が揃い、予選、決勝の2本レースを桐生祥秀(日本生命)が制した。2位のケンブリッジ飛鳥(ナイキ)は、「走りやすかった」と話し、9秒98を持つ小池祐貴(住友電工)は五輪のイメージをつかめたと収穫をあげたうえで「(トラックの質が)結構硬いがスピードは出やすい気がする」とコメント。フィールド種目でも、走り高跳びの戸辺直人(JAL)が「硬めだが、助走をがんばらなくても進む感じだった」と歓迎していた。
もっとも、こけら落としに、ネガティブな感想を言うのは難しいはずだ。また、イタリア・モンド社の「高反発」のトラックは、五輪ではこれで8大会連続採用され広く知られた仕様だ。国際競技会で慣れている選手は多い。一方で、国内には少ない材質のため、海外レースの経験がない選手たちは、本番に向かって使いこなす技術力が求められる。
コロナ禍で練習が十分詰めなかった点も背景にあるが、この日、男子100㍍で10秒10を突破したのは桐生1人と寂しい(予選10秒09)。また、全種目でも、自己新記録で優勝したのは、田中の日本新など含めわずか3種目だけだった。高反発トラックの感想とは違った攻略法が必要だ。
陸上の五輪会場として実際に使用し、手応えを感じていたのは選手だけではない。
陸上ではロード種目を含め男女48種目にわたって、運営を行う競技役員、補助員、審判など多くの人々がタイムスケジュールを妨げないスムーズな競技進行にあたらなくてはならない。場内の司令役を中心としたそうした関係者にとって、
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