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安倍首相の「歴史認識」と「愛国」へのアプローチの報じ方に今なお残る悔い

安倍政治に敗北したメディア(中)議論が消えた社会でメディアは何をしてきたか

徳山喜雄 ジャーナリスト、立正大学教授(ジャーナリズム論、写真論)

戦没者追悼式での天皇と首相の言葉

 2020年8月15日、75回目の終戦の日を迎えた。未曾有のコロナ禍とも重なり、政府主催の全国戦没者追悼式が日本武道館(東京都千代田区)で開かれたが、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、参列者は昨年の1割以下の540人と過去最少となった。天皇、皇后両陛下や首相らが参列、参列者全員で1分間の黙祷を捧げ、日中戦争と第2次世界大戦で犠牲になった約310万人を悼んだ。

 今上天皇の参列は2回目となるが、昨年同様に「深い反省」との文言を盛りこみ、「再び戦争の惨禍が繰り返されぬこと」を切に願うと述べた。天皇のお言葉で「深い反省」が言及されるのは6年連続だ。

 安倍首相の式辞では、「積極的平和主義」が初めて盛りこまれたが、昨年あった「歴史の教訓を深く胸に刻み」との文言は消えた。歴代首相が言及してきたアジア諸国への加害責任や謝罪には8年連続で触れなかった。首相は2015年の戦後70年談話で「子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と主張している。

 式辞の構成は昨年と大差なく、前半部分は戦没者への思いを語り、ほぼ同じ内容だった。終戦の日に本来、語らなければならない「加害と反省」について目をつぶる姿勢は変わらず、ことしは歴史を顧みる表現そのものも削除した。

拡大全国戦没者追悼式の式辞を前に天皇、皇后両陛下に一礼する安倍晋三首相=2020年8月15日午前11時54分、東京都千代田区の日本武道館

戦前と似る政治とメディアの構図

 政治が向き合うべき内容を、政治的な発言を許されない天皇が語る。社会の分断をくい止めて国民を統合しょうとする皇室の姿勢は、平成時代と同様だ。今回の追悼式の天皇陛下と安倍首相の言葉から、それが改めて浮き彫りになったように思う。

 憲法の規定で政治の権能を有さない天皇が、想定される以上の役割を果たさなければならない現状について、危機感を抱く有識者も多い。メディアの日ごろの報道はこのことに無頓着だが、もっと敏感になるべきではないか。

 日本も世界も、「自国(自分)ファースト」と「協調や連帯」をめざすふたつの潮流がせめぎ合う。コロナ禍の不安と恐怖のなかでは、いきおい「個体の生(自分一人の生命のこと)」がむきだしになって、「個人の利益」が優先される。

 現在と戦前では時代背景が違うが、満州事変以来、

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筆者

徳山喜雄

徳山喜雄(とくやま・よしお) ジャーナリスト、立正大学教授(ジャーナリズム論、写真論)

1958年大阪生まれ、関西大学法学部卒業。84年朝日新聞入社。写真部次長、アエラ・フォト・ディレクター、ジャーナリスト学校主任研究員などを経て、2016年に退社。新聞社時代は、ベルリンの壁崩壊など一連の東欧革命やソ連邦解体、中国、北朝鮮など共産圏の取材が多かった。著書に『新聞の嘘を見抜く』(平凡社)、『「朝日新聞」問題』『安倍官邸と新聞』(いずれも集英社)、『原爆と写真』(御茶の水書房)、共著に『新聞と戦争』(朝日新聞出版)など。

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