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練馬で同時に進む脱農業化と再農業化――街に緑は戻るか

武田徹 評論家

 自分が育った頃の練馬は脱農業化を必死に進めていた。しかし、今や潮目が変わり、むしろ再農業化を進めているようだと前回書いた。とはいえ、そこで脱農業化「から」と再農業化「へ」とつなぐのはふさわしくないのかもしれない。

地上21階の練馬区役所の本庁舎拡大「都市化」を象徴するかのような練馬区役所
 世界都市農業サミットが開かれていた会場に最寄りの西武池袋線練馬駅は、高架化されて地下鉄有楽町線や都営地下鉄大江戸線とも接続されている。駅周辺は地上35階「ディアマークスキャピタルタワー」、地上29階「プラウドタワー練馬」等々と名前からしていかにも今風の高層タワーマンションが林立し、農村風景の中で糞尿を運んでいたかつての練馬風情は名残すらない。その意味では「脱農業化」は今も進んでいるのだ。

 だが、それと同時に「再農業化」が模索されている。農村「から」都市「へ」の発展ではなく、都市と農村の同時成立が目指されているようなのだ。

 1996年に、東京23区の区役所の中では文京区役所(地上28階)に次ぐ地上21階の本庁舎棟を完成させ、高層化で地域に先鞭をつけた練馬区役所を訪ねて話を聞いてみた。

 「結果的に、生産緑地制度が都市に農地を残してきたと言えますね」。毛塚久・都市農業担当部都市農業課長が言う。

 生産緑地という考え方が今のようになったのは1992年の生産緑地法の改正からだ。同法自体は1974年の制定。当時、急速に進む都市化の中で市街地の緑地が減少し、住環境の悪化や、地盤保持・保水機能の喪失が懸念されており、それに歯止めをかけるため、市街化区域内で公害、災害の防止等の効果が見込め、公共施設敷地に適している農地を対象に、指定を受ければ宅地並み課税を免除される仕組みが作られた。ただこの段階では農地を自治体が買い取って将来的に都市計画公園などにすることが想定されており、農業の継続に焦点を当てたものではなかった。

 この生産緑地法は1992年に改正され、市街化区域内の農地を生産緑地と宅地化農地に二分した。バブル景気もあって都市の地価は上がり続け、転用せずに農地のままに留めておくのはいよいよ非経済的となった。そこでこれまで以上に激甚な宅地化が進むとさすがに都市から緑が消え失せかねない。そんな轍を踏まないために農地を残すべきではないか、そんな考え方がおそらく二分法の背景に控えている。

 「生産緑地の指定をうけると固定資産税が通常の農地に対して300分の1程度になって農業を続けやすくなります」。ただし――と、毛塚課長は説明を続けた。「一方で義務もあって30年間営農し、生産のために農地を使い続けないといけない」。

 節税できるとはいえ、一度、指定を受けると農地以外に転用転売はできない。30年先の未来まで約束させられるのは結構ハードルが高い。練馬区では生産緑地法改正の時点で488haの農地があったが、約半分の246haの地主は生産緑地制度を選ばなかった。結果はてきめんで指定を外れた農地は今や24haまで減ってしまった。対して生産緑地の指定を受けた農地は少しだけ減ったが2018年8月現在で178haが健在だ。

 とはいえ、それは無策のままで残ったわけではなかった。23区内では、より面積の広い世田谷区を抜いて練馬区が最大の生産緑地面積を維持しているのは、個々の農家が新しい都市内農業を目指すことを区が支援してきた結果なのだ。

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筆者

武田徹

武田徹(たけだ・とおる) 評論家

評論家。1958年生まれ。国際基督教大大学院比較文化専攻博士課程修了。ジャーナリストとして活動し、東大先端科学技術研究センター特任教授、恵泉女学園大人文学部教授を経て、17年4月から専修大文学部ジャーナリズム学科教授。専門はメディア社会論、共同体論、産業社会論。著書に『偽満州国論』、『流行人類学クロニクル』(サントリー学芸賞)、『「核」論――鉄腕アトムと原発事故のあいだ』『戦争報道』、『NHK問題』など。

 

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