メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

官邸記者クラブで20年前に起きた「指南書事件」が問いかけるもの

森喜朗首相の「神の国発言」釈明会見の水面下で何があったのか

高田昌幸 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト

 メディアが時の政権を忖度し、妥協し、すり寄り、そして敗れる。ずっと昔からあったメディアの歪みを、多くの市民は詳らかに知らないかもしれない。当のメディアが自らのマイナス課題を避け、記事や番組としてほとんど伝えてこなかったからだ。

 今からちょうど20年前、2000年の森政権下で起きた「指南書事件」はその象徴であり、首相官邸と政治記者の関係を示す空前の“事件”だった。

森首相の「神の国発言」

 延期になった2020東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗氏は2000年当時、日本の首相だった。指南書事件の発端はその5月15日である。

 森首相は神道政治連盟国会議員懇談会の創立30周年記念祝賀会に出席。その場での発言から、“事件”は始まる。森氏の発言は、以下の内容だった。

 いま私は政府側におるわけでございますが、若干及び腰になるところをしっかりと全面に出して、日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民のみなさんにしっかりと承知していただく、その思いで私たちが活動して30年になった。

 この発言は「神の国発言」として、大きな問題になった。

 もっとも、これだけでは“総理の失言”で終わっていただろう。実際、同26日に首相官邸で開かれた釈明会見をもって、「神の国発言」に関する報道は次第に沙汰止みとなった。

「神の国発言」についての釈明会見をする森喜朗首相=2000年5月26日、首相官邸

 “事件”が表面化したのはその後である。ただし、“事件”を大きく取り上げたメディアはほとんどなく、国民の多くは官邸と記者の間で何が起きていたかを記憶していないと思われる。

 “事件”の発端は釈明会見の前日、5月25日朝である。首相官邸の建物内にある官邸記者クラブ「内閣記者会」の共用コピー機に取り忘れた1枚の感熱紙があった。見つけて、拾い上げたのは西日本新聞(本社・福岡市)の記者だ。

 細かい話だが、筆者が当事者たちに聞いたところ、「コピー機に」ではなく、「コピー機の近くに落ちていた」という証言もあった。

 いずれにしろ、この紙こそが「指南書」だった。ペーパーの表題は「明日の記者会見についての私見」。その下に横書きの文面がびっしりと並んでいる。

 釈明会見をめぐっては、短時間で終わらせたい官邸側と記者クラブ側で対立があった。そして、記者クラブ内でも「十分な時間を取れないなら会見参加を拒否すべきだ」という強硬派と、「会見してもらうこと自体に意味がある」という柔軟派に分かれていた。最終的には官邸側が「30分は確保する。質問が続けば延長もあり得る」と告げ、会見を待つだけになっていた。

 そのタイミングで紙は見つかったのである。

 「指南書」には、何が書かれていたか。その後、西日本新聞によって明らかにされた紙の内容は実にすさまじい。指南書は官邸側に渡ったと思われるし、とても重要な内容なので全文を記しておこう。

首相に会見の対応法を伝授 「指南書」全文

 今回、記者会見を行うことによって、「党首討論はやらなかったが、森総理は、この問題で逃げていない」という印象を与えることはできると思います。ただ、今回の会見は大変、リスキーで、これまでと同じ説明に終始していると、結局、民放も含め各マスコミとも、「森首相“神の国発言”撤回せず 弁明に終始」といった見出しを付けられることは、間違いないと思ってください。官邸クラブの雰囲気をみますと、朝日新聞は「この問題で、森内閣を潰す」という明確な方針のもと、徹底して攻めることを宣言していますし、他の各マスコミとも依然として「この際、徹底的に叩くしかない」という雰囲気です。
 「間違ったことは言っていないし、これまでの国会答弁などとの整合性を考えると、発言の撤回はできない」という意見は、よく判ります。また官房長官も昨日、会見で「撤回は考えていない」と言っているので、官房長官発言との整合性もあるでしょう。しかし、会見する以上、総理の口から「撤回」と言わないまでも、「事実上の撤回」とマスコミが報道するような発言が、必要だと思います。そうすれば、マスコミも野党もこの問題をこれまでのような調子で追及することはできなくなります。その場合、「なぜ、これまでの発言と変えたのか?」と質問されると思いますが、その時は、「真意を分かってもらえば、誤解は溶(ママ)けると思ってきたが、その後も現実に、多くの方に誤解を与え、迷惑をかけたので」と言えばよいと思います。
 「事実上の撤回」と受け取ってもらうための言い方ですが、「私の発言全体を聞いてもらえば、決して間違ったことを言っているのではないことは理解してもらえると思ってきたが、一部、発言に舌足らずのところがあり、現実に、多くの方に誤解を与え、また迷惑をかけたことは事実だ。従って、発言全体の趣旨について撤回するつもりはないが、『日本は天皇を中心にしている神の国である』と発言した部分については、取り消したい」などと冒頭で言明した上で、(公明党の)神崎代表が言っているように、国民主権と信教の自由を堅持することを明確に説明すればいいと思います。いすれにしろ、こうした発言は、冒頭で明確に言った方がよいと思います。また、こうした方針の転換をするのであれば、事前に官房長官と幹事長に了解していてもらうことが不可欠だと思います。公明党から直ちに歓迎の声をあげてもらうことも必要です。
 会見では、準備した言い回しを、決して変えてはいけないと思います。色々な角度から追及されると思いますが、繰り返しで切り抜け、決して余計なことは言わずに、質問をはぐらかす言い方で切り抜けるしかありません。先日、総理自身が言っておられたように、ストレートな受け答えは禁物です。それと、朝日などが騒いだとしても、くれぐれも時間オーバーをしないことです。冒頭発言も短くし、いつくか(ママ)質問を受け付けて、25分という所定の時間がきたら、役人に強引に打ち切らせるようにしないと、墓穴を掘ることになりかねません。(近藤広報官にそれが出来るかどうか心配ですが)総理就任の会見の際も、最初は好評だったのに、予定をオーバーした際の質問に、総理が丁寧に答えていた部分が、逆に大変、不評でした。くれぐれも、会見を長くしないよう、肝に銘じておいて下さい。

「指南書」報道の顛末

 全体で4段落、1300字余りの「指南書」。それを手にした西日本新聞の記者もまた、官邸記者クラブの所属である。

 その記者たちはどうしたか。

・・・ログインして読む
(残り:約3029文字/本文:約5858文字)