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[45]「自立支援」の時代の終焉を迎えて

住居確保給付金から普遍的な家賃補助へ

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授

 世界保健機関(WHO)が今年3月に新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)を宣言してから、半年が経過した。

 日本国内でも、感染拡大が経済に危機的な影響をもたらし、貧困が拡大し始めてから、6カ月が経過したことになる。

コロナ禍で増え続ける倒産、増えていない生活保護の申請件数

 経済活動の停滞が長期化する中、新型コロナウイルスの影響を受けた倒産は増え続けている。

 帝国データバンクの集計によると、新型コロナウイルス関連倒産は9月16日16時時点で、全国で533件。業種別では、飲食店が最多で77件。次いで、ホテル・旅館が55件、アパレル小売店36件、建設・工事業34件、食品卸32件等となっている。

 また、倒産には至っていないものの、業績の悪化を踏まえ、外食チェーン等で店舗数や従業員数を減らす動きも加速している。

 こうした中、最も影響を受けているのは非正規の労働者だ。私たち生活困窮者支援団体の相談現場でも、飲食店等のサービス業で仕事を失った方々からのSOSが相次いでいる。

 総務省が9月1日に発表した7月の労働力調査によると、非正規雇用の労働者数は、前年同月比で131万人も減少した。

 従来から指摘されてきたように、非正規雇用が「雇用の調整弁」として機能していることが改めて明らかになったと言える。

 だが、奇妙なことに貧困が急速に拡大しているにもかかわらず、生活保護の申請件数は増加していない。

 緊急事態宣言が発令された今年4月、生活保護の申請件数は21,486件に上り、前年同月比で24.8%も増加した。しかし、5月は逆に前年同月比で9.7%減少し、6月も4.4%減少と、微減の傾向が続いている。

社協の貸付制度と住居確保給付金の申請は急増

 その一方で、今年3月から拡充され、全国の社会福祉協議会(社協)が窓口となって受け付けている「緊急小口資金」と「総合支援資金」という2種類の貸付プログラムの利用件数は、この間、急増している。

 感染拡大の影響で減収となった人に最大20万円を特例で貸し付ける「緊急小口資金」は、これまで約70万件が決定され、失業や減収した人に生活資金(単身月15万円以内、2人以上世帯月20万円以内)を原則3カ月まで貸し付ける「総合支援資金」は約33万件が決定された。

 これらの貸付制度の申請期限は、当初、9月末までに設定されていたが、厚生労働省は先日、12月末までの延長を決めた。予算は予備費から3142億円を充てる予定だという。

 また、今春以降、収入が減少している人に賃貸住宅の家賃を支給する住居確保給付金(給付金)の申請件数も急増している。今年4 月から7月までの全国の給付金の申請件数は、計96,285件(決定件数は計82,393件)にのぼっている。

 厚労省は、社協の貸付制度と住居確保給付金に関する相談を無料で受け付けるコールセンターをそれぞれ設置している。厚労省のホームページを開いても、これらの2つの制度が大きく宣伝されており、政府がこの2つの制度をコロナ禍における貧困対策の主軸に据えていることがよくわかる。

厚生労働省のホームページのバナー

 私たちが今春以降、生活保護制度に関する広報の強化を厚労省に要望した結果、同省は先日、ホームページ上で公開している「生活を支えるための支援のご案内」と題したリーフレットの生活保護に関する説明に、「生活保護の申請は国民の権利です。生活保護を必要とする可能性はどなたにもあるものですので、ためらわずに自治体までご相談ください」という文言を追加した。

 このこと自体は前向きに評価できるが、ホームページ上の社協の貸付制度や住居確保給付金の扱いに比べると、厚労省が生活保護の広報に消極的なのは一目瞭然である。

 そうした政府の姿勢が生活保護の申請件数にも影響しているのであろう。

 私は、これまで政府に対して貧困対策の強化を要望する際、生活保護の積極的活用と同時に、生活保護の手前のセーフティネット(特に住宅支援)の強化を訴えるという二正面作戦を採ってきた。

 コロナ禍における政府の貧困対策は、前者については落第点だが、後者については一定、評価できると捉えている。

住居確保給付金の期間延長は喫緊の課題

 だが、経済危機が長期化するにつれ、住宅支援の軸となる住居確保給付金の限界も明らかになりつつある。

 NHKは先日、住居確保給付金についての各自治体に調査した結果を発表した。(注1)

(注1)「家賃払えない」給付金申請が90倍に 新型コロナ影響 | NHKニュース 

 報道によると、コロナの感染者数が多い上位10の都道府県のうち、人口の多い東京23区や政令指定市など36の区市の窓口にアンケートを実施したところ、下記の結果が得られたという。

・上記の区市における今年4月から7月までの給付金の申請件数は計49,266件で、前年の同じ時期の約90倍に上った。

・年代別では、30代が27%と最も多く、30代未満と40代がそれぞれ23%、50代が17%、60代が8%、70代が2%と幅広い世代に利用が広がっていた。

・給付金の支給期間は原則3カ月、最長9カ月に設定されているが、今年5月分から給付金を受け取った人のうち、3カ月で生活を再建できず、8月分から延長をした人が全体の56%に上った。

 現在、給付金を利用している人の中には、今年の4~5月に利用を始めた人が多い。

 このままだと年末年始に支給がストップし、多くの人がホームレス状態に追いやられるという事態が生じてもおかしくない。支給期間の延長は喫緊の課題である。

 今年8月、公明党の「住まいと暮らし問題検討委員会」(委員長:山本香苗参議院議員)は、加藤勝信厚労相(当時)に対し、「ポストコロナを見据えた住まいと暮らしの安心を実現するための提言」を申し入れた。

 この提言では、給付金の支給期間の延長とともに、収入要件を公営住宅入居収入水準まで引き上げ、支給上限額も近傍同種の住宅の家賃水準まで引き上げることを求めている。

 同委員会は国土交通省に対しても、給付金利用者の現在の住まいを住宅セーフティネット制度の住宅として登録し、公営住宅並みの家賃で住み続けられるように制度を拡充することも要望している。

 冬が来る前に、給付金の支給期間の延長等、さらなる制度改正が実現することを期待したい。

 住居確保給付金の利用が急増している背景には、今年4月の制度改正も影響している。

 今年4月、コロナ禍での貧困拡大に対応するため、厚労省は住居確保給付金の支給対象を離職者のみに限定せず、フリーランスや自営業で収入が減少している人も活用できるように制度改正をおこなった。

 また、私たちが要望をした結果、ハローワークを通した求職活動という要件についても、当面の間、猶予されることになった。

 これらの制度改正が4月以降の申請件数の増加を促したのは間違いない。

困窮者支援制度の現場には大きな混乱

 だが、申請件数の急増は、給付金の窓口である生活困窮者自立支援制度(困窮者支援制度)の現場に大きな混乱をもたらしている。

 大阪弁護士会が、大阪府内の自治体(28自治体が回答)と各自治体の困窮者支援窓口で働く職員(100名が回答)を対象に緊急に実施したアンケートでは、過酷な労働の実態が明らかになった(注2)。

(注2)大阪弁護士会:大阪府内の生活困窮者自立支援窓口アンケート調査結果と国及び自治体に対する要望書

・住居確保給付金の申請件数は全自治体平均で100倍、政令市の平均では255倍と、都市部で激増していた。

・職員のうち、「緊急事態宣言後、仕事を辞めようと思ったことがある」と答えた人が全体の43%、「職場で辞めた方がいる」と答えた人が23%もいた。

・感染リスクを感じたことがあるかとの質問に「日々強く感じる」と答えた者が 56%、「時々感じる」を合わせると 97%が感染リスクを感じていた。

 困窮者支援窓口の業務は、自治体によって自治体が直営しているところと外部の事業者に委託されているところに分かれるが、いずれの場合も多くの非正規職員が配置されている。

過労により追い詰められる困窮支援窓口の職員

 大阪弁護士会が相談員に実施したアンケートでは、職員の待遇についても質問しているが、回答者の50%が平均月収20万円未満と回答した。非正規職員の平均賃金は自治体職員が約 16.2 万円、受託事業者の職員が約 17.8 万円と低水準に抑えられている。

 そのため、

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