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 近年、台風や豪雨などの気象災害被害が目立つ。気象庁は、顕著な災害をもたらした自然現象に対して、後世に経験や教訓を伝えるために災害名を命名する。今までに命名された気象災害は1954年洞爺丸台風以降32個あり、うち、豪雨災害が19個、台風が10個を占める。66年間で32個なので概ね2年に1回、大規模な気象災害があったことになる。しかし、過去5年には6個存在する。すなわち、この数年は気象災害が倍増していると言える。

大きな被害を出した台風

拡大「洞爺丸台風」で打ち上げられた救命ボートや船具など。左側の海上に、転覆した洞爺丸の船底が見える=1954年9月27日、 北海道渡島支庁上磯町七里浜 (現・北斗市)

 台風の命名に関しては、「損壊家屋1千棟以上」「浸水家屋1万棟以上」「相当の人的被害」を基準になっている。気象庁が命名した台風は全部で10個ある(人数は死者・行方不明者数である)。最初に命名されたのは1958年の狩野川台風で、その時に1954年洞爺丸台風も遡って命名された。命名された台風を以下に一覧する。

・1954年9月26日 15号、洞爺丸台風、1,761人、洞爺丸などの遭難、岩内大火が発生
・1958年9月26日 22号、狩野川台風、1,269人、狩野川の決壊
・1959年9月15日 14号、宮古島台風、99人
・1959年9月26日 15号、伊勢湾台風、5,098人、高潮被害、災害対策基本法の制定へ
・1961年9月16日 18号、第2室戸台風、202人、上陸時の最低気圧925hPaを記録
・1966年9月5日 18号、第2宮古島台風、最大瞬間風速85.3m/sを記録
・1968年9月23日 16号、第3宮古島台風、11人
・1977年9月9日 9号、沖永良部台風、1人、陸上での最低気圧907.3hPaを記録
・2019年9月9日 15号、令和元年房総半島台風、3人、強風による屋根被害と停電
・2019年10月12日 19号、令和元年東日本台風、94人、多数の河川が決壊

 昨年の台風15号と19号は、本州を襲った台風としては58年ぶりに命名された。これらを見ると、強風が襲う島しょ部は、台風への心構えや準備がしっかりしているためか、犠牲者数は少ない。戦後の台風で200人以上の死者・行方不明者を出した台風は、上記の洞爺丸台風、狩野川台風、伊勢湾台風、第2室戸台風に加え、

・1945年9月17日 枕崎台風、死者・行方不明者3,756人、原爆被災地・広島で土砂災害
・1945年10月10日 阿久根台風、死者・行方不明者451人
・1947年9月15日 カスリーン台風、死者・行方不明者1,930人、関東地方が広域に浸水
・1948年9月16日 アイオン台風、死者・行方不明者838人
・1949年6月20日 デラ台風、死者・行方不明者468人
・1950年9月3日 ジェーン台風、死者・行方不明者539人
・1951年10月14日 ルース台風、死者・行方不明者943人
・1953年9月25日 昭和28年台風第13号、死者・行方不明者478人
・1959年8月14日 昭和34年台風第7号、死者・行方不明者235人

 があり、全体で13個、1000人以上の犠牲者を出した台風は5個ある。この5つの台風はいずれも9月に上陸しており、中でも9月26日は台風の特異日になっている。

 ちなみに、昭和の三大台風は、伊勢湾台風、枕崎台風、室戸台風である。室戸台風は1934年9月21日に室戸岬に上陸し、京阪神地区を中心に死者・行方不明者3,036人を出した。1961年第2室戸台風以降は、幸いなことに、多くの犠牲者を出した台風はない。ちなみに、保険支払金額が最も大きかった台風は、関西空港が浸水した平成30年台風第21号で、1兆円を超える支払金額だった。

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筆者

福和伸夫

福和伸夫(ふくわ・のぶお) 名古屋大学減災連携研究センター長・教授

1957年に名古屋に生まれ、81年に名古屋大学大学院を修了した後、10年間、民間建設会社にて耐震研究に従事、その後、名古屋大学に異動し、工学部助教授、同先端技術共同研究センター教授、環境学研究科教授を経て、2012年より現職。建築耐震工学や地震工学に関する教育・研究の傍ら、減災活動を実践している。とくに、南海トラフ地震などの巨大災害の軽減のため、地域の産・官・学・民がホンキになり、その総力を結集することで災害を克服するよう、減災連携研究センターの設立、減災館の建設、あいち・なごや強靭化共創センターの創設などに力を注いでいる。

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