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本間龍「東京五輪開催は99%あり得ない。早く中止決断を」

スポンサー企業に名を連ねた新聞社に五輪監視は不可能だ

石川智也 朝日新聞記者

 「もうやれないだろう」「それどころではない」

 多くの人が内心そう思っているのではないか。

 東京五輪・パラリンピックの延期決定からそろそろ半年。人々の会話から五輪の話題はもはや消えつつある。コロナ禍が経済と国民生活を蝕み続けるなか、なお数千億円の追加費用を投じ五輪を開催する正当性への疑問は膨らむばかりだ。

 それでも国、東京都、大会組織委員会は、五輪を景気浮揚策にすると意気込み来夏の開催に突き進んでいる。

 いや、突き進む、は不正確な表現かもしれない。組織委の現場ですらいまや疲労感が漂い、職員たちの士気は熱意というより惰性と日本人的な近視眼的責任感によって支えられているようだ。

 まだ日本中に五輪への「期待」が充満していたころから東京五輪に反対してきた作家の本間龍さんは、いまあらためて「早々に中止の決断をすべきだ」と訴えている。

 行き過ぎたコマーシャリズム、組織委の不透明な収支、10万超のボランティアを酷暑下に無償で動員する問題点などを早くから指摘してきたが、それ以上に、多額の税金を投じたこの準公共事業へのチェック機能を働かせてこなかったメディアに対する批判の舌鋒は鋭い。

 「議論されて当然の問題が封殺されてきたのは、朝日新聞をはじめとする大新聞が五輪スポンサーとなり、監視すべき対象の側に取り込まれているからです。新聞は戦中と同じ過ちを繰り返すんですか?」

 これまで大手メディアには決して登場することのなかった本間さんに、あらためて東京五輪の問題点に切り込んでもらった。

本間龍氏
〈ほんま・りゅう〉 1962年東京生まれ。1989年に博報堂に入社し、2006年に退社するまで営業を担当。その経験をもとに、広告が政治や社会に与える影響を題材にした作品を発表している。著書に『原発広告』(亜紀書房)『原発プロパガンダ』(岩波新書)『電通巨大利権』(サイゾー)『ブラック・ボランティア』(角川新書)など。

あらゆる判断材料が「中止」を示している

――安倍晋三前首相は2年あるいは4年延期論を振り切り、「ワクチン開発はできる」と来夏開催を早々に決めました。景気対策の効果をより早く出したいとの思惑があり、小池百合子都知事とも利害が一致したようです。しかし、NHKの7月の世論調査では、「さらに延期すべき」が35%、「中止すべき」31%、「来夏に開催すべき」26%(朝日新聞の調査では来夏開催は33%、再延期32%、中止29%)と、国民の意見は割れています。

 東京五輪の開催はワクチンや治療薬の開発が間に合うかどうかにかかっていますが、可能性はきわめて低いでしょう。世界保健機関(WHO)は今月、コロナワクチンの普及は来年中盤以降との見方を示し、9月8日には世界の製薬・バイオ企業9社が拙速な承認申請はしないという共同声明を発表しました。

 いくら政治の圧力で開発を急いでも、重篤な副作用が発生して訴訟沙汰になれば会社は潰れる。当然の判断です。

 政府と都、組織委は9月4日に合同のコロナ対策調整会議を開きましたが、入国した選手を「隔離」して複数回のPCR検査を受けさせる、といった案が話し合われたらしいですね。でも選手やコーチ、関係者を合わせて数万という数の人の健康管理を徹底するのは、きわめて困難です。

 また、事前合宿をする各国の選手を迎える「ホストタウン」が全国400以上で決まっていますが、多くはコロナ専用病床などない小さな自治体です。地域住民が不安なく受け入れられる態勢をこれから準備できるでしょうか。

StreetVJ/Shutterstock.com

――IOCと日本側は「簡素化」について話し合いを進めていますが、報道によれば、開閉会式の縮小にはIOCは否定的とのことです。簡素化の内容にもよりますが、どうなるにせよ、延期による追加費用は3千億円とも5千億円とも言われています。

 IOCのバッハ会長は「熱狂的なファンに埋め尽くされた会場を目指している」と言っていますし、無観客や客席大幅削減での開催は、入場料収入や巨額の放映権収入をあてにしている組織委やIOCにとってはあり得ない選択です。

 コロナ対策は「簡素化」の真逆をいくものです。選手村専用の感染検査態勢や機器等の準備、選手や関係者専用の病院と語学力のある医療従事者の確保、各会場やバックヤードでの検温器や空気清浄機、扇風機などの設置、その運用のためのマンパワーの確保……こうした対策費を上乗せすれば、追加支出が5千億円程度で済むとはとても思えません。

 組織委はいまスポンサー企業への協賛金追加拠出を要請し始めていますが、組織委だけで負担しきれない追加費用は、一義的に開催都市の東京都が支払うことになります。つまり都民の税金で穴埋めするわけです。

――戦後最大とも言われる経済危機で、都はリーマン・ショック時の1860億円を大幅に上回る8千億円規模の緊急対策を発表しました。一方で財政調整基金は底を突きかけ、税収は1~2兆円の減収が予想されています。

 明日の生活に困っている人がこれだけ発生しているのに、さらに数千億円も投じることが、都民や国民に理解されるでしょうか。

 組織委の森喜朗会長は、中止した場合には費用が「2倍にも3倍にもなる」と言いましたが、その根拠を問われてもまったく明らかにせず、「たとえ話」とごまかしましたね。呆れる話です。バッハ会長は「再延期はない」という意向を示していますから、日本としてはなんとしても開催したいのでしょう。

 でもこのまま来夏の開催にこだわれば、「簡素化」の反対の巨額支出が発生し、「安心安全」とは反対の感染拡大への不安が高まることは、小学生にでもわかることじゃないでしょうか。

 それなのに、組織委も都も国も「予防措置を講ずればなんとか開催できるかも」「ワクチン開発が間に合うかもしれない」と期待を抱き、会場の賃貸料や組織委の人件費など莫大な出費を続けています。IOCはIOCで「2021年夏にこだわったのは日本だ」とすでに責任回避の予防線を張っています。

 あらゆる判断材料が「中止」を示している。いたずらに決断を先延ばして淡い希望を抱かせるのは、世界中のアスリートに対しても失礼です。早々に撤退の判断をすべきでしょう。

招致時の数々のウソ~そもそも開催の大義はあったのか

――そもそも本間さんは招致決定のすぐ後から東京大会の問題を指摘し、その開催に反対だと言い続けてきました。

 僕は五輪そのものを否定しているわけではありません。4年に一度、世界中のトップアスリートが集ってハイレベルの技術を競い合う大会を開くことじたいにはべつに反対しない。

 でも東京五輪は問題が多すぎます。

 まず挙げられるのは、招致時の数々のウソです。

 招致委員会が発表した「立候補ファイル」には、7月下旬からの開催期間を「この時期の天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である」とあります。

 近年の梅雨明け後の東京の気候を「温暖」などという生やさしい言葉で表現している人がいたらお目にかかりたい。大ウソです。

 安倍首相による「アンダーコントロール」発言もそうです。あの招致演説の時点で福島第一原発の汚染水問題はまったく目処が立っていなかったし、その後の東京での建設業界の五輪特需により、被災地では人員・資材不足が深刻化しました。「復興五輪」と言いながら、むしろ被災地の復興の足を引っ張っている。「復興」は招致のための方便でした。

2020年東京五輪の開催が決まり喜ぶ安倍首相(右から3人目)ら=2013年9月7日、ブエノスアイレス

 予算7千億円程度の「コンパクト五輪」のはずが、会計検査院によれば、すでに大会経費として国は1兆600億円を支出しています。表向きの大会予算1兆3500億円と都の関連経費を合わせれば3兆円超。際限のない肥大化です。

 エンブレム問題や新国立競技場のデザインをめぐる混乱、選手村用地の不当譲渡疑惑といった不祥事も重なり、さらには、贈賄工作を行った疑いで前JOC会長の竹田恒和氏がフランスで予審にかけられるに至りました。

 こうして挙げてみると、開催の大義がそもそもあったのか、きわめて疑わしい。

ボランティアは「やりがい搾取」

――こうしたなかで本間さんが最も問題だと指摘してきたのが、ボランティアの問題ですね。

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