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下げるべきは「携帯電話料金」よりも「学費」である

「庶民派」扱いされる菅政権への疑問

田中駿介 東京大学大学院総合文化研究科 国際社会科学専攻

 菅「新政権」が誕生した。「新政権」とはいえ、何ら目新しさを感じないのは筆者だけだろうか。

 それは単に、菅首相が安倍政権を政策的に継承することを訴えたからだけではない。自民党三役のなかに女性は誰一人いない、加えて女性閣僚はたったの2人――旧態依然の体制が続くことは、閣僚たちの集合写真を見るだけでも明らかだと思われる。

首相官邸で記念撮影する菅義偉新首相(前列中央)と閣僚たち=2020年9月16日首相官邸で記念撮影する菅義偉新首相(前列中央)と閣僚たち=2020年9月16日

 他方で、東北地方から上京し首相にまで上り詰めた「苦労話」は、「携帯電話料金値下げ」といった「庶民派」をアピールする政策と紐づけされて、連日メディアを賑わせた。

 しかし筆者は、菅政権が掲げる政策が「庶民」や「生活者」にとって望ましいものなのか、疑問に感じている。さらにいえば、庶民の視点をもっているのかも疑わしい。学生である筆者には、学生の困窮に向き合うよりも、「経済的徴兵制」の議論を先行させている政権の姿が目につくからである。

携帯料金は本当に下がるのか?

 菅政権は、携帯電話料金の値下げを「目玉政策」に位置付けているという。いまや生活必需品となっている携帯料金を値下げするのは、たしかに重要だろう。とはいえ、本当に「値下げ」になるののだろうか。

 当然ながら、携帯電話の費用としては「端末代金」と「通信費」がそれぞれかかる。しかし菅氏の政策として聞こえてくるのは「通信費」の値下げに限られている。

 それだけではない。菅政権がすすめる政策では、ドコモやAU、ソフトバンクといった大手通信会社と長期にわたって契約する利用者にとっては「値下げ」になる可能性が大きいが、通信会社を何度も乗り換えたり、(後述する)格安通信会社と契約したりしている利用者にとっては恩恵が小さい、もしくは実質値上げになる可能性が大きい。つまり、すでに携帯料金を切り詰めている、あるいは切り詰めざるをえない利用者にとっては、恩恵を期待できないのである。

 筆者が初めてスマートフォンを手にしたのは高校1年生のときだったと記憶している。折しも、携帯端末代金の値引きが過熱していた時代である。

 当時、各社は他社から客を獲得しようと、乗り換え客を優遇し、端末を無料で「購入」できる、キャッシュバックも獲得できるといった優遇策を講じていた。無料で「購入」した端末は、大手の通信会社だけではなく、格安の通信会社とも契約が可能だった。通信会社を何度も乗り換えれば、携帯料金をかなり節約することができたのである。

 2016年4月、総務省は「頻繁に携帯会社を乗り換える一部の利用者だけに利益がある」として、端末の極端な値引きを禁止した。当時の朝日新聞紙面には、「自らの政策で招いた過剰な競争にブレーキをかけた形」という文字が躍った(注1)。「端末値下げ」「携帯他社間乗り換えの推奨」は、菅政権以前から官主導で行われてきた政策なのであった。もちろん、「行き過ぎた競争」「行き過ぎた値引き」は、健全な状態ではないかもしれない。しかし政府・総務省の「方針転換」により、こうした割引方法が利用できなくなった結果、筆者にとっては実質「値上げ」になったのも事実である。

 昨今、確かに大手の「通信費」は値下がりしたが、格安の「通信費」に関してはほとんど変わっていない実感がある。加えて、契約に紐づけて端末を値下げすることが禁じられ、「端末代金」は実質値上がりした。

 以上のように、この間の動きを振り返るだけでも、政府の政策は、必ずしも利用者の負担減にはつながってこなかったことがわかるだろう。

携帯電話の代金値引きや現金還元は過熱していたが……=2014年1月15日、東京都内携帯電話の代金値引きや現金還元は過熱していたが……=2014年1月15日、東京都内

「格安」利用者が目に入らない菅氏の政策

 さらに、菅氏の政策は、大手通信会社と比較して節約できる「格安」を利用している人にとっては、ほとんどメリットがない政策であることも見逃せない。

 筆者は、今年8月にサービスが終了した「月500メガバイトまでであれば通信費がゼロ」という格安サービスを

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