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アメリカ人の心が荒れてしまった――トランプ政権で失われたもの

まさかと思うことが次々と現実になっていく

田村明子 ノンフィクションライター、翻訳家

 「あなたは選挙の後、平和的に権力を移行する覚悟がおありでしょうか?」

 9月23日、記者にこう質問されたドナルド・トランプ米大統領は、こう答えた。

 「何が起きるか、様子をみないと。郵便投票については、何度も苦情を言ってきた。郵便投票は、惨劇だ」。そして、こう続けた。

 「平和的な……移行は起こらない。はっきり言うが、続行されるだけだ」

トランプ大統領の時代になって、アメリカが失ったものとは Evan El-Amin/Shutterstock.comトランプ大統領の時代になって、アメリカが失ったものとは Evan El-Amin/Shutterstock.com

 11月に行われる大統領選では、COVID-19(新型コロナウイルス)の影響で郵便投票がこれまでにないほど増えると予想されているが、トランプ大統領は全力をあげてそれを妨害しようと試みてきた。

 ちなみに2016年の大統領選では、本人もメラニア夫人も郵便投票をしている。郵便投票がこれまで不正選挙の原因となったという証拠も、一つもない。それがなぜ、いつの間にか「Disaster/惨劇」になったのか。

 郵便で投票を行うのは、一般的に、投票会場から離れた田舎に住んでいる低所得者、民主党支持層が多いとされている。また過去には、大統領選の投票率が高ければ高いほど、民主党候補が有利という統計も出ているのだ。

 郵便投票の用紙が首尾よく配達されれば、トランプ大統領の再選が危うくなるということを、本人はよく自覚しているのだろう。選挙前にこうして人々の頭に、「自分が選挙で負けるようなことがあったら、それは不正があったに違いない」という印象を、今から繰り返し繰り返し植え付けようとしているのである。

共和党の巨額献金者が郵便公社長官に

 現在の米国郵政公社の長官は、5月にトランプ大統領の肝いりで任命されたルイス・デジョイである。長年共和党に巨額の献金を寄付してきた投資家で、郵便局での勤務経験を全く持たない人物にこの地位が与えられたのは、実に20年ぶりのことだ。

 だがデジョイは実は郵便局の下請け企業の大口株主で、彼の就任には最初から利益相反が懸念されていた。実際彼が就任後、この下請け企業に多額の資金が流れるなど、共和党関係者からも非難の声が上がっている。ジョージ・W・ブッシュ政権の倫理顧問主任弁護士だったリチャード・ペインターは「ブッシュがまだ大統領だったら、ホワイトハウスが彼を辞任させていただろう」と証言した。

 その一方でデジョイ長官は就任してから、郵便配達人の残業禁止、臨時の追加配達の削減など、「経費節減」を理由に郵便局の業務を大幅に縮小した。全米各地で多数の郵便ポストが撤去され、郵便仕分けの機械が廃棄処分になった写真がSNSなどにあげられた。

 8月にはトランプ大統領が、郵便公社への資金援助を拒否。郵便投票を困難にするため、なりふり構わない手段に出たのである。

Trevor Bexonshutterstock郵政事業の経費削減策に反対し、大統領選の郵便投票を訴える運動が全米各地で起こった=2020年8月22日、ネバダ州リノで Trevor Bexon/Shutterstock.com

 だがその後、デジョイ長官は

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