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「護憲集会」不許可は適法か?

2つの「金沢市庁舎前広場事件」から考える

山崎友也 金沢大学教授

 2015年、憲法施行70周年にあわせて金沢市庁舎前広場で計画された護憲集会が市によって不許可とされた。これに対し、憲法が保障する「集会の自由」の侵害だなどとして、市民団体が損害賠償を市に求めた訴訟の判決が9月18日、金沢地裁で下され、押野純裁判長は不許可処分を適法として原告の請求を棄却した(朝日新聞デジタル2020年9月18日付)。金沢大学で憲法学を担当する山崎友也教授に、判決の問題点を論じてもらった。

集会の自由の「実質的」な保障とは何を意味するのか

拡大「不当判決」の紙を掲げる原告側の弁護士=2020年9月18日、金沢市丸の内

 日本国憲法は、「集会」の自由を保障している(21条1項)。意見表明を集団でアピールするこの自由は、民主主義国家の根幹をなす人権であるから、これを国・地方公共団体(以下、「公権力」という)はみだりに規制できない。

 一方で、集会の開催には、多数人を収容し雨風をしのげる、それ相応の敷地・施設が必要となる。そのような敷地・施設を自前で用意できる者はそう多くない。民間所有の施設等を有料で借りられれば、集会を開催することはできるが、高額の使用料のため時に二の足を踏む。そこで、頼りになるのが、公共施設である。比較的安価で、規模の大小を問わず、集会の自由を行使できる貴重な場だ。

 このように、集会の自由は、公権力による不合理な制約を拒否する一面があるとともに、公権力による施設提供に依存している一面も有する人権である。

 この集会の自由の繊細さに配慮を示した最高裁判決が、法学者や法曹関係者には広く知られている(泉佐野市民会館事件最高裁判決)。

 同判決によれば、「公の施設として、本件会館のように、集会の用に供する施設が設けられている場合、住民は、その施設の設置目的に反しない限りその使用を原則的に認められることになるので、管理者が正当な理由なく、その利用を拒否するときは、憲法の保障する集会の自由の不当な制限につながるおそれが生ずることになる」。したがって、「公の施設」(地方自治法244条)に該当する公共施設の使用拒否は、集会の自由を「実質的に否定すること」になりうる、と同判決は警鐘を鳴らす。集会の自由を「実質的に」保障するために、「公の施設」を提供する一定の義務を公権力に課した判例だと理解できる。

 ところが、金沢市庁舎前広場(以下、「本件広場」という)を舞台として、立て続けに起きた2つの事件は、集会の自由の「実質的」な保障とは何を意味するのか、改めて我々に問いかけている。

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筆者

山崎友也

山崎友也(やまざき・ともや) 金沢大学教授

1972年生まれ。金沢大学法学部卒業。北海道大学大学院法学研究科博士課程(公法専攻)単位取得退学。単著として、『憲法の最高法規性と基本権』(信山社)、共著として、『戦後日本憲政史講義ーもうひとつの戦後史』(法律文化社〔近刊〕)、『トピックからはじめる統治制度〔第2版〕ー憲法を考える』(有斐閣)、『総点検 日本国憲法の70年』(岩波書店)などがある。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです