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「愛さないのに依存するカーライフ」の悲しみ

かつてクルマが表現していた消費生活は忘れられた

倉沢鉄也 日鉄総研研究主幹

 クルマ離れと言われて久しい。若年層に運転免許を持たない人も多くなり、事故防止目的で始まった高齢者の免許返納も定着してきている中、乗用車(軽含む)販売台数の推移も長年横ばいからジリ貧というべき数値になってはいる。しかしそれでも「リーマン」や「東日本大震災」のような経済的大事件の年以外は日本国内の乗用車の新車販売台数が400万台を下回ることはなく、同様に中古車販売台数(新規+移転+名義変更)が500万台を下回ることもない。そして「コロナ禍」ではこれらの数字を上回ってしまいそうだ(9月末現在数値)。つまり長年にわたり、日本のどこかで毎日1万台以上の新車と1.3万台以上の中古車が売れ続けている(以上一般社団法人日本自動車工業会、一般社団法人日本自動車販売協会連合会調べ)。

 今般コロナ禍で、三密回避の流れの中で通勤にマイカー利用(通学にマイカー送迎)を増やした人が多いという。脱・公共交通のみならず、見知らぬ人が触ったものはいくら消毒されても精神的にイヤということなのか、業務利用のレンタカーも短時間のシェアリングも利用者減少で、せっかく立ち上げたMaaSビジネス(モビリティ・アズ・ア・サービス)に痛手、ということのようだ。

消滅した「マイカーへの愛着」

拡大昨年の東京モーターショーの会場=2019年10月25日、東京都江東区

 自動車をめぐる報道・評論をひもとくまでもなく、かつてライフスタイルの象徴として購入されたマイカーは機能面を志向されて久しく、一連のエコカーもまた単なるエコノミー(ガソリン代を節約できる)カーとして購入されているのが業界マクロに見た実情だ。所有物及び住空間としてのマイカーへの愛着の消滅もまた久しいものと思われる。

 洒落半分だが「新型コロナのすべて」をWeb検索してみるといい。言わずもがなだが検索結果の上位は、COVID-19の特集コンテンツではない。1980年代の平均的な家庭像を想定したこの乗用車の語られ方は、おそらく現在の同等の乗用車とは違う。そのことは販売台数を横ばい・ジリ貧化はさせているが、マイカー所有を革命的に消滅させることには、この20年程度はなっていない。自動車メーカー各社経営者からの「クルマ好きを増やさねば」あるいは「新車販売に依存した経営を見直さねば」のメッセージも様々に発信されていて、長期的な危機感は十分理解できるが、たぶんマイカーが消滅する世の中は、ない。

 そうした観点で、2019年秋に久々に見に行った東京モーターショーで見たクルマの姿は、量産車の展示ゼロでMaaS用車両がもたらす生活イメージをエンターテインメント仕立てで訴求したトヨタ自動車以外は「物体」への愛着を取り戻そうとする方向性を明確に打ち出していたように思う。もちろんコロナ禍に関わる論点はその時点で何もなかったが、MaaSというサービスにどう相対し、脱・所有というライフスタイルに製造業としてどう継続的な所有の魅力を訴えるか、という点では各社苦しみ、トヨタも含めて一定の答えを出しているように感じた。入場者数は130万人超とリーマン・ショック以来の低迷を挽回しバブル崩壊後~リーマン前の水準に戻したというが、しかし人々の「クルマという愛着所有物」から離れた気持ちはそう簡単には戻りそうもない。

 とはいえ大都市圏以外、具体的には鉄道と路線バスと徒歩だけで日常動線が足りてしまう限られた密集地域(それがおそらく首都圏を中心に日本の人口の3割くらいを占める)以外では、「外出用宇宙服」として必要なクルマはリース含めて買われ続け、あるいはMaaSだと言ってレンタルしたりシェアしたり、を続ける。それはそれで基幹的な産業の姿としてはよいのだろう。しかし愛着のない消費財に数年で数百万円使い、毎日~毎週その中で相応の時間を過ごし、それでクルマを手段としたときの目的であるQoLのいくつかが劇的に向上したわけでもない、という感覚は、消費生活としてお気の毒様な状態でもあり、また消費経済の持たねばならない〝熱量〟としてあまりよい状態ではない。

 耐久消費財の商品愛着論は、マーケティングの実務に近い場所を起点にして学術が後付けする形で、すでに100年くらい論じられてきている。その中でも消費財の「中に入る」という点で(維持や廃棄込みで)1000万円の桁の住宅と、100万円の桁のクルマと、10万円の桁だが「没入する」という観点でどの家電とも異なる情報通信デバイス(スマホ、PC、テレビ等)と、それぞれの歴史的経緯をたどってみると多くの示唆が得られるだろう。所有と非所有の歴史、価値の対象に何を求めるか(スペック、ブランド、ファッション・・・)の歴史、後付け価値のつけ方とその支払い方の歴史、もう数十年使い古された表現で「モノからコトへ」と言うのならコトの視覚化物体化とは何か、などは各分野のマーケティングで十分に論じ尽くされていて、作り手売り手からの多様な出口が存在している。

 クルマについて消費者目線から劇的な発見をすることはもうないだろう。劇的な発見があるならばそれは100年続いた「クルマ」ではなく、別の名前の商品の発見だろう。完全自動運転や完全ゼロエミッションカーやMaaSの定着程度では、そのような発見は起きないことは明らかだ。そしてその発見は、たぶんこの読者や筆者が生きているうちには、起きない。100年に一度と騒いでいるのは自動車製造・販売業側の収益構造とリスクの構造が変化することだ。それらの議論はすでに膨大に論じられており、ここではそれらの整理自体を割愛する。

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筆者

倉沢鉄也

倉沢鉄也(くらさわ・てつや) 日鉄総研研究主幹

1969年生まれ。東大法学部卒。(株)電通総研、(株)日本総合研究所を経て2014年4月より現職。専門はメディアビジネス、自動車交通のIT化。ライフスタイルの変化などが政策やビジネスに与える影響について幅広く調査研究、提言を行う。著書に『ITSビジネスの処方箋』『ITSビジネスの未来地図』など。

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